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『訪れ 03』


龍麻が旅立って・・・京一が少し寂しそうに剣道部の練習風景を見つめている。
そんな光景をよく見るようになった。
高校の時から感じていた。京一は・・・京一は龍麻が好きなんだろうか?
その思いが胸をふさぐ。
少し俯いて手をぎゅっと握りしめる。
あれから5年経った。それでも龍麻は壬生を忘れなかった。諦めなかった。同じように京一も忘れられなかったんだろうか?諦められなかったんだろうか?
少し哀しくてそのままそろそろオレンジ色に染まり始めた空を見上げた。

「ああ。美里先生。こんな所にいらっしゃったんですか?」
「っ・・・あ、中谷先生。何かご用ですか?」
「今日は空いてますか?この前は駄目でしたから・・・」
「え?今日ですか?その・・・」
空いている。
空いているから困っている。自分は・・・別に彼と一緒に出掛けたいわけではない。彼の気持ちは何となく分かる。自分をアクセサリーのように考えていることまで・・・だから尚更、彼につき合って一緒にどこかに行くのは嫌だった。
それでも上手く嘘を言うことも出来ずに困惑し続ける。
「美里先生?空いてらっしゃるんですね?じゃあ、今日一緒に食事にでも行きましょうよ。美味しいお店を知っているんですよ。フランス料理の店なんですけどね、この間雑誌にも載っていてとても評判なんですよ。」
さも、自分の自慢のように語る中谷に少し眉を顰める。
「え。ええ・・・で、でも・・・私・・・ごめんなさい。そう言う気分じゃないんです。」
最近は京一の寂しそうな姿を見るたびに胸がふさぎ、落ち込んでいた。
「だったら、尚更ぱぁっと行きましょうよっ楽しいですよっ」
ちょっと嫌そうな顔をした後もまだ諦めずにしつこく食い下がる。
どうして楽しいなんて分かるのか・・・どうしたものかと悩んでいると急に声がした。
「おい。美里、何やってんだ?こんな所で」
「京一君・・・」
ちょっと京一に見つかって気まずい感じがして顔を伏せる。
「アンタ・・・今日は止めといたら?」
「なっ!一体君は何だ?何で君にそんなことを言われなくちゃいけないんだっ」
「何って・・・剣道部のコーチ。うんでもって、嫌がる女を強引に口説くなんて男としてなってないぜ?」
「き、貴様っっ僕の何処が嫌がる女を強引に口説いてるんだっ」
「そのまんまだろ?」
さも当然というように京一は怒りで顔を真っ赤に染めた中谷に即答した。
「失礼なっ!信じらん無いなっ美里先生!どうやらこの無礼な男と知り合いらしいですが、友人とかはきちんと選んだ方がいいですよっ!!」
ふんっっとそれだけ言うと怒りながら足早にその場を去っていった。
「何だあの馬鹿。」
「京一君・・・有り難う。」
「いやいや。男として当然ってね♪・・・にしても元気ねぇーじゃねぇか。どうしたんだ?」
そうっと美里にさり気なく問いかける。
「・・・そう?そうかしら・・・別に何もないけど?」
美里はなかなか本当の事を言わない。
「・・・・・・龍麻・・・か?」
小さな声でポソリと呟くと何も言わなかったかのように明るく笑いながら「ならいいんだ。じゃな。」そう言って京一は剣道部の方へと行ってしまった。
「京一君・・・?」
今のは・・・聞き間違い?そんな筈はない。確かに聞いた・・・「龍麻か?」と・・・
何が言いたかったんだろう。少し首を傾げながら自分も剣道部の方へと行く。
そのまま暫く剣道部の練習風景を見学しながら考え込む。

京一は、暫くして後を付いてきてそのまま剣道部の様子を見ている美里にチラリと視線を投げる。
ずっと・・・高校時代の憧れ。真神学園の生徒会長で。マドンナで。みんなから慕われていて。
自分のような半端で軽いところのある男が親しくなれるなんて思ってもいなかった。
ずっと遠目に見ていた。
高校3年。同じクラスで・・・龍麻が転校してきて・・・全てが変わった。
おそらく自分の人生も、考えも、生き方すらも。
あの一年。何よりも輝いて見える一年。共に過ごした。
彼女をずっと見ていた。だから思った。彼女は龍麻が好きなんだろう。
龍麻ならいい。そう思った。クリスマス。お膳立てして・・・ソレが不思議と振られたという龍麻と一緒にラーメンを食べることになった。
信じられなかった。ソレと同時に嬉しかった。龍麻に悪いと思いながらも・・・心は正直に喜んでいた。そんな自分に唾棄しながらも抑えきれない思いに唇を噛んだ。
それでも尚、きっと美里が自分自身の思いに気づいてないだけだと考えて。
結局何も言えないまま卒業して・・・自分は中国へ行った。
もっと強くなりたかった。こんな半端じゃなくて。本当に腕力とかだけじゃなく精神的にも強くなりたかった。
5年・・・
長かった。
一人中国を旅し、みんなが恋しかった。東京に戻りたかった。きっと戻れば優しく迎えてくれる。ソレが分かっていたから。
だからこそ・・・耐えた。我慢した。
5年・・・もう良いかと思った。何がいいと思ったのか自分でも良くわからない。
でも。帰らないといけない・・・そんな気がして。東京に戻れば龍麻がアレで・・・
きっと呼んでいたのは龍麻。
そう。龍麻。ソレはソレで嬉しいこと。親友が自分を呼んでくれたのが。だが・・・
本当に呼んで欲しかったのは・・・
チラリと視線を美里の方に投げる。
美里は道場の入り口の所に佇んで、オレンジ色に夕日で染まっている。
どこか・・・悩んでいる。哀しんでいる。苦しんでいる。
そんな気がして。
ソレ全てが壬生を追っていった龍麻を未だに思う故なのかと思うと心が苦しかった。
まだ・・・だめか?まだ・・・だめなのか?もっと、もっと強く。もっと強く、長く!

春の夜は静かに訪れる。そろそろ一番星が空に輝く。
一日が終わりを告げる。

龍麻。俺に勇気をくれっ――――