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『訪れ 02』


学校での一日が終わろうとしている。
夕陽が美しく沈み始める・・・
東京の地に・・・

「美里先生。今夜空いていらっしゃいますか?少し・・・お話しがあるんですが。」
「え?今日ですか?・・・あの・・・ごめんなさい。今日は約束が在るんです。」
自分と同期にこの真神学園に赴任してきた新任教師の中谷は、顔が整っているのを鼻に掛けたどこか歪んだ人物だった。
自分から声を掛けて断る馬鹿な女はいないと腹の中では豪語している。
故に自分の誘いを断る美里を信じられない表情で見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・駄目なんですか?・・・は、はは。残念ですね。そうですか・・・」
どこか残念なのは自分ではなく美里だとでも言いたげな顔してしらっという。
「ええ。すみません。」
困った顔をしながら頭を下げる。
ふと顔を上げて時計が目に入る。
「あっ。ごめんなさい。もう行かないと。お先に失礼します。」
そう言って職員室を走り出ていく美里を刺々しい眼差しで見送った。
「なんだ。結構可愛いから僕にふさわしいかなとか思っていたら。馬鹿なんじゃない?」
ぼそっと中谷が呟いたのを聞いている者は居なかった。

「ご、ごめんなさい!はぁ、はぁ、はぁ・・・」
急いで走ったために息が切れる。既に待っていた京一と龍麻に謝罪する。
「お。やっと来たな。大丈夫か?そんなに急がなくっても良かったのによ。」
「だって・・・」
「まあ、まあ。ソレより早く行こうよ。」
「そうだな。じゃ、行こうぜ。ひーちゃんの復活祝い!」
「や、止めろよ。そのいい方っっ!恥ずかしいだろっ」
「へへーん。嫌だね〜っ」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて京一は龍麻に視線を向ける。
二人のそんなやり取りを見つめながら、まだまだ体の線は細いものの数週間前とは比べものにならないぐらい元気になった龍麻を見て心からの笑みを浮かべる。
まるで・・・5年前の高校時代のようで・・・
「うふふ。二人とも・・・行かなくて良いの?」
ふざけあって全然動こうとしない二人におっとりと問いただす。
「おっ。」
「あ!見ろ!大分時間過ぎちゃったじゃないかっ!京一のセイだぞっ」
「何で俺のせいなんだよっ元はと言えば・・・元は・・・何だっけ?」
「・・・・・・猿っ!美里っこんな奴ほっといてさっさと行こう。」
「え?で、でも・・・あっ・・・」
「ひーちゃん!・・・この美男子様を捕まえて猿だとぉ?・・・・・・って、おい!人の話聞けよっ!!っていうか追いてくな〜〜〜っ☆」
龍麻に腕を掴まれて引きずられる様にして美里は龍麻と先に行っていた。
後ろから京一の叫び声が響く。
「もう。龍麻ったら・・・」
笑いながらも龍麻と二人、京一がすぐに追いつけるようにゆっくりと歩く。
今日はやっと病院を退院出来た龍麻の退院祝いで如月の家に仲間が集まることになっていた。

集まったのは・・・家主の如月。そして京一。美里。小蒔。醍醐。舞子。雛乃。マリィ。村雨。そして主賓の龍麻・・・全員で10名。
かなりの大所帯だ。流石に仕事上集まれない者も多いが、東京にいて今夜何とかなりそうな人間は全て集まっていた。
久しぶりに笑顔を全開の龍麻にみんなで喜び、酒を飲む。新しくこの街<東京>を出ていく龍麻を祝福する。誰もが龍麻の幸せを願い、祈る。彼の捜し物が早く見つかることを・・・

最近は午前中京一につき合って貰いながら体力トレーニングをし、午後は拳武館の道場の方でお世話になり体を鍛えた。まだ一月と経っていない。
しかし、元が黄龍の器たる龍麻。気力さえ戻ってくれば回復は異常なほど早かった。
道場の者は幾ら館長の紹介とは言え、こんなガリガリに痩せ今にもぶっ倒れそうな龍麻を道場で鍛えることに反対した。
しかし、一週間もすると見る見るうちにひ弱さが消えた。ちょっと線は細いが、まぁ、普通の人並みにはなっていた。目を見張るほどの変化。周囲の者達は驚いた。
しかも、病院から通ってきていると在れば余計信じがたいものがあった。
そんな周囲の驚きをよそに龍麻は回復し退院することとなったのだ。

「みんな。ありがとう・・・本当に・・・俺のために集まってくれて。頑張るよ。絶対負けない。見つけてみせるから。」
そう、お酒を飲みながらうっすらと涙を浮かべて龍麻はみんなに誓う。
「おう。此処は俺達に任せとけって。さっさと見つけて吹っ飛ばしてやれっ」
「そうだな。僕たちの分まで宜しく頼むよ。」
「やぁっと・・・先生らしくなってきたな。ふっ。戻ってきたらまた酒でも飲むか?」
「龍麻様。それでも・・・あまりご無理はなさいませぬよう。まだまだ本調子では無いのですから・・・」
京一が、如月が、村雨が。そして雛乃がそれぞれに言葉を紡ぐ。
「そうだよっ!まだまだこんなにほっそいんだから!無理しちゃ駄目だからねっ!!」
「頑張ってこい。俺達は何時だって此処にいる。」
「お兄ちゃんっ。早く・・・戻ってきてね!マリィ、待ってるからっ。」
雛乃の言葉に続けて小蒔にビシッと指さされて釘を指される。そして醍醐。マリィ。
みんな応援してくれている。
嬉しくて・・・お酒のセイにして涙を拭う。
「久しぶりの美味しいお酒で、飲み過ぎたかな?涙腺が弱くなってるよっ」
おどけて言ってみる。
「龍麻。行ってらっしゃい。」
美里は微笑みながら言葉にする。
みんなの思い。帰ってくるのを待っているから・・・だから・・・行ってらっしゃい。
私達は此処にいるのだから・・・
「ああ。帰って・・・来るよ。必ず!」

そう告げて・・・龍麻はこの町<東京>を出ていった。

京一は未だに学校で剣道部のコーチをしている。
約束通り此処<東京>に居残るようだ。
もう・・・春も終わる。
初夏の陽射しが夏の到来を告げる・・・

もう暫くすれば・・・夏が来る。