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『訪れ 01』

「流石ね・・・京一君・・・帰ってくるなり・・・龍麻を救ってしまった・・・私達が5年掛けても出来なかったことを・・・ちょっと・・・悔しいわ。」
少し苦笑を浮かべる美里に病室の外であった。
「・・・んなんじゃ・・・ねぇーよ・・・」
ポリポリと・・・たいして嬉しそうでもなく・・・京一は目を伏せて深いため息を一つ吐いた。
「んで?おまえ・・・龍麻の見舞いじゃねぇーのか?」
「ええ。そうなんだけど・・・ちょっと待っててくれる?一緒に帰りましょう。」
「ああ。別に構わないぜ。」
「ありがとう。すぐ・・・戻ってくるわ。」
昔と変わらぬ柔らかい微笑み。今この春になんて似つかわしいことか・・・
だが。確実にかつて毎日身近だった彼女の笑みはより深くより強く・・・より優しくなっていた。
一瞬目を見開き、美里に目を奪われる。
カチャ。
扉を開けて病室に入っていく。その音でやっと我に返った。
・・・あいつも・・・苦労したんだな。
そんなことを廊下の壁に寄りかかりながらふと思ったりした。

「龍麻。こんにちわ。」
「美里!やあ、元気そうだね。学校は・・・どう?」
「ええ。私は元気にしているわ。学校も・・・平和よ。」
「そっか・・・・・・・・・??」
そのまま黙り込んだ美里に龍麻は少し首を傾げる。
うっすらと美里の目に光るのは涙。
最後に逢ったときの龍麻の姿がだぶって見える。あまりにも違う姿。
やせ細った体そのものは同じ・・・だけど・・・輝きが違う。生きる気力を取り戻して昔のように強い龍麻が居る。
「龍麻。良かった・・・・・・ごめんなさい。貴方に必要な事を・・・私達は、私は何も出来なかった!」
静かに己の罪を責める悔恨の情を込めた言葉。
龍麻はハッとなって美里に手を伸ばす。
「美里・・・何言ってるんだ。コレは・・・俺自身の弱さが招いた結果だ。誰のセイでもない。自分でも分かっていなかったんだっから。さっき京一に言われるまで・・・気づかなかったんだ。」
そっと触れた美里を抱き寄せて静かに涙を零す彼女を優しく抱き締める。
「京一が・・・此処に・・・<東京>にいるから・・・って言ってくれたんだ。僕は・・・此処を離れるのが怖かった。本当に紅葉とのつながり全てを失ってしまいそうで・・・動けなかった。それでも紅葉に逢いたくて。声を聞きたくて。触れたくて・・・どうすることも出来ずに自分を殺した・・・弱かったんだ。でも・・・京一が・・・教えてくれた。<東京>を出ても良いのだと。みんながいるから・・・平気なんだって。気づかせて・・・くれた。本当にあいつはいい奴だよね。」
数年ぶりに見せる龍麻の微笑みに美里は涙を拭って微笑み返す。
「ええ。そうね。」
意味深な笑みを唇に載せて龍麻が笑う。
「流石美里のお眼鏡にかなった奴なだけのこと・・・あるよね。ちょっとスケベだけど。」
「っ!た、龍麻っ!何を・・・」
「あはははは・・・」
「もうっ」
顔を真っ赤に染めてちょっと拗ねた顔をして・・・でも、朗らかに嬉しそうに笑う龍麻に一緒になって笑う。
隠す必要など無いのだから・・・
「私もそう思うわ。ふふ。」
「おっ。言うねーっ」
春の柔らかい風の中二人の笑い声が響いた。
「本当に・・・元気になって、良かった。また・・・みんなと一緒に来るわね。今日はもうお暇するわ。これ以上龍麻の負担になるのも悪いし。」
「ああ。みんなにも会いたいよ。楽しみにしてる。・・・っていうか・・・外で待ってるんだろ?クスクス・・・ほら、さっさと行ってあげなよ。」
「え?やだ。そんなんじゃ・・・」
「いいじゃん。そんなんでも、そんなんじゃなくても。頑張れよ。」
「・・・・・・もうっ、龍麻ったら。・・・有り難う。頑張るわ。」
うっすらと頬を染めて美里は微笑んで別れを告げて病室を出る。

病室に一人のこり、廊下の二人の気配が去っていくのを静かに見守っていた。
・・・頑張れよ。高校の時から・・・ずっとあいつのことが好きだったんだから。俺も・・・頑張るさ。
窓の外を見上げれば、暖かい青い空が広がっていた。

「ごめんなさい、待たせちゃって。」
「いや。もういいのか?随分早かったんじゃねぇのか?」
京一の問いに美里は首を振る。
「そっか・・・じゃ、行くか。」
「ええ。」
そのまま二人並んで歩く。
高校時代でさえこういう風に、二人きりで歩く事なんてほとんどなかった。
ドキドキと高鳴る胸をしっかりと抑えながらチラリと隣の京一の顔を見る。
五年ぶりの再会。龍麻の笑顔。嬉しいことが立て続けに起こった『春』。
春の陽射しの中ゆっくりと二人して歩いているこの時間が信じられないほど幸せ。
「どうしたんだ?」
「ううん。何でもないの。ただ・・・嬉しいなって。」
「そっか。」
京一はそんな美里のことに気づいてるのか気づいてないのか・・・いつもの飄々としたペースで分からない。でも、ゆっくりと美里に歩調を会わせてくれる細やかな気遣いは昔からそのまま。
「・・・ねぇ。学校に・・・行ってみる?」
「学校?真神か?」
「ええ。今日は土曜日で今頃生徒もあまりいないでしょうけど・・・剣道部はきっと部活やってるわよ。」
「もう、3時だもんな。・・・剣道部か。よっしゃーっイッチョ顔でも出して鍛えてやるかっ」
「うふふ・・・知ってる?今の部長は女の子なのよ。」
「な、何ぃ〜〜っ!男共は何してんだよっっ!ちっっ情けねぇー奴らばっかだなー。仕方ないな。暫く・・・コーチでもしてやるかっっ」
妙に元気に張り切っている京一を見ながら・・・やったとか想う自分がちょっと笑える。
きっと"部長が女の子"そう言えば京一がどう出るか予想した上で・・・私は言った。少しでも側に居たかったから・・・
きっと彼はまたどこかへ行ってしまう。その時・・・自分がどうするか分からない。それでも・・・今この時は・・・
「でも、結構強いのよ。その子。また副部長が女の子なんだけど、凄くしっかりしていて・・・」
「なに!?副部長も!!はぁー・・・まぁーったく何やってんだよ。」
「でも、副部長がしっかり者なんて・・・剣道部の代々の流れなのかしらね。」
「ん?おい、ソレどういう意味だ?」
「いやね。そのままの意味よ。」
「思いっきり"何もしない部長の替わりに代々副部長がしっかりしている"って聞こえるぞ?」
むすっとして唇をとがらせる。
昔と変わらないその表情に嬉しくなって笑う。
「うふふ。気のせいよ。」

穏やかな刻が流れ始めた。