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『櫻回廊 7 〜醒際〜』

一体どうしたんだろう・・・
最近の自分が本当に解らない。

一人校庭を長めながら龍麻は考え込んでいた。
京一からの言葉。
嬉しいのだ。嬉しいはずなのだ。
自分だって好きなのだから・・・
では今感じているこの戸惑いは何?

―――どうしよう―――

そう思っているのは、どうして?
どうしてすぐに自分も好きだと。同じ意味で好きなんだと・・・言えなかったのだろう。

触れた唇が・・・熱い・・・・・・

嫌悪感などは無い。
無かった。
なのに・・・触れた瞬間躯が反応した。

―――違うッッ!

それが何と違うなんて当然解らなくて。
なのに、躯全体が叫ぶ。違う、と。自分の求めているモノと違う・・・と。

「京一・・・」

『だから・・・一緒に中国へ、と言うなら・・・答えを出してからにしてくれよ。』

『龍麻・・・本当の答えを・・・見つけてからだ・・・そうじゃなくちゃ俺達は前に進めない。』

先程の京一の言葉が蘇る。
まるで何かを知っているかのような京一の言葉。
答えって・・・なんだ?
俺は何を・・・・・・

ひらりひらりと櫻の花弁が目の前を美しく舞う。

―――俺は京一のことが好きなのだろうか?

唐突に浮かんだ疑問。

好き・・・

(だけど・・・・・・)

・・・・・・だけど?だけど何?

(もっと・・・、・・・・・・が好き・・・・・・)

自分の想いが変わってしまっていることに気が付いた。

―――では・・・今俺が好きなのは誰?

自分の問いかけにとっさに浮かんだのは一人の青年。
何時も冷ややかな表情で決して仲間といえども余り溶け込むこともなく、何処か線を引いているように感じさせる人。その凍えたような眼差しに時折誰よりも優しく甘い光を灯す人。

壬生・・・紅葉・・・・・・

そう、何時だってそうだ。最近何時だって気になるのは壬生。
彼の事。
彼の行動。
彼の気持ち。
そして・・・
自分の気持ち。

最近の自分は心の全てを壬生に奪われてる・・・
俺は・・・・・・壬生が好きなのだろうか?

「龍麻、まだ此処にいたんだね。間に合って良かった。」

―――ドクンッッ

背後から声を掛けられて龍麻は躯を酷く震わせた。
「・・・ごめん。驚かせてしまったね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・壬・・生・・・」
振り向かなくても声で解る。気配で分かる。彼がいる。すぐソコに・・・振り返ればきっと手に触れることすら出来る程近くに・・・でも、何故か振り返ることも出来ずに躯を堅くすることしかできない。

胸が熱い。
なぜだろう?
たった今壬生の事を考えていたからだろうか?
顔が、躯が・・・熱い・・・

結局全く動かず無言な龍麻に壬生はチラリと視線を流すと先程まで一緒にいた京一と同じように龍麻の隣りに座った。
「少し・・・いいかい?・・・おそらく暫くは逢うことも・・・なくなるだろうから。」
「!」
その言葉に衝撃を受けてとっさに壬生の方を向く。
ソコには真っ直ぐに校庭へと視線を向ける壬生の真摯な表情がある。
「なん・・・で・・」
周囲の様子も何もかも消え失せたように龍麻には壬生しか見えない。
なんで?
なんで、もう逢えなくなるんだ?

―――そして・・・俺は何でこんなに胸が苦しいのだろう・・・

今にも泣き出したくなる程、寂しくなる。不安になる。

どうして―――

「だって君は中国へ行くんだろ?」
あっさりと壬生は龍麻の方を見ることもなく答えた。
「・・・それ・・は・・・・・・・」
櫻の花弁が風に飛ばされてひらりと壬生の横顔を横切る。

あ・・・・・・・・・

―――壬生と櫻―――

何かが心の中で通り抜けていったような気がして目を見開く。
「龍っ・・・・・!?」
黙り込んだ龍麻に振り向いた壬生は何に驚いたのか言葉をそこで失った。
「・・・え?」
ふと我に返った龍麻が見たのは一瞬にして驚いた表情を上手く隠してしまう壬生の姿。
「壬生?」
「・・・・・・急に黙り込んだからどうしたかと・・・思ってね。」
少しの沈黙の後、いつもの穏やかな表情。そして心配そうな眼差し。
「あ、ああ、何でもない・・・けど・・・」
櫻の花弁が二人の間を零れ落ちる。
ひらひら、ひらひら。

トクンッ・・・トクンッ・・・

その優しい瞳を見て・・・どうしようもなく嬉しくて。
気がつく―――

壬生が好きなんだ

それが全て。
ここしばらくずっと自分を悩ませていた<キモチ>。
気がついてしまえばたったそれだけのこと。

<答え>が出た。

京一・・・ごめん・・・

心の中で京一に頭を下げる。きっと気のいい相棒は・・・それでも笑ってくれるのだろう。答えを見つけた龍麻を誉めるように。優しく・・・包み込んでくれるのだろう。
でも。
京一への申し訳ない想い以上に。

心を占めるのは壬生への想いと寂しさと苦しさ。

「・・・中国へは行かないんだ。」
「え?」
「中国へ行くのはやめたんだよ。・・・京一に言われちゃったからね。」
「・・・・・・そう。」
壬生と共にいたい。
壬生が好きだから京一の側には居られない。
だから・・・中国へは行かない。
しかし、壬生は何故?と、何を言われたのか?と聞くこともなく、大して興味なさそうに一言呟いただけ。

胸が苦しくて。
胸が痛くて。
心が泣く。

壬生・・・こっちを見て・・・
・・・俺を見て・・・・・・

壬生は・・・喜んでくれない?
(俺が日本に残ることを)

壬生は・・・気にならない?
(俺がこれからどうするかなんて)

壬生は・・・もう会う気はない?
(俺が逢いたくても)

―――もう、あ・え・な・い?

「・・・うん。」
ポツリと・・・頷いた。
それ以上口を開けば泣き出してしまいそうで。とんでもないことを口走りそうで。ぎゅっと唇をかみ締めた。

爽やかな風だけが・・・龍麻の心の叫びを聞いていたのかも知れない。

―・◆・―

夜・・・京一の家を尋ねて、自分の答えを告げた。
「京一・・・ごめんな。俺・・・」
俯いたままの龍麻を京一は苦笑を浮かべて見つめた。
「ひーちゃん・・・いいんだよ。そんなに気にしなくて。ひーちゃんが悪いんじゃなくて・・・俺が・・・不甲斐ないんだしよ。」
「そ、そんなこと無いよ!京一すっごくいい奴だ!好きだよ、俺。でも・・・・・・」
「サンキュ・・・でも、振った男にそんなこと言っちゃ駄目だって☆」
「あ・・・ご、ごめん・・・」
二人の間に静かな沈黙が流れる。きっとこの一年間ずっと一緒にいて。何時も騒いでいて。こんな風にお互いが黙り込む事なんて無かっただろう。奇妙な時が過ぎる。その沈黙を破ったのは京一。
「ひーちゃん。気がついていたか?最近の自分の変化に。」
「え?変化?俺・・・が??」
「ああ。最近・・・ひーちゃんどことなく色気があって女っぽいってこと・・・小蒔や醍醐の奴まで言ってたぜ?」
「女っぽい?!」
真剣な表情で言う京一にそれは冗談とも思えなくて、思わずひっくり返ったような声を上げた。
「そ。自分で鏡の前とかに立って・・・気付かないか?」
「・・・うん・・・」
「女物の服を着てもきっと違和感無いぜ、今のひーちゃん。」
「・・・・・・」
「ひーちゃんが何となく変わり始めたのは去年の冬のはじめ。そしてハッキリとした変化は今年に入ってから。でも・・・きっとアイツなんだろ?原因は・・・な。」
「アイツって・・・・・・京一・・・知って?」
「すっげぇ、悔しいけどよ。」
「そんなに・・・かな?」
「ああ、まるでアイツのために一生懸命変わろうとしているかのようだぜ?」

さながら蛹が蝶に孵化するように。
日々刻々と変わりゆくその変化に・・・戸惑いながらもそれが自分の為で無いのが何よりも悔しくて。
見ているのが辛かった・・・

「俺は・・・」
「何にしても<答え>は出たんだろ?なら・・・俺にはもうどうすることもできねぇ。後は・・・龍麻。お前の<戦い>だ。だろ?」
ニヤリと笑みを浮かべた京一と視線が重なる。
「行って来いよ。全てを・・・終わらせて、始めるために・・・俺は何時だってお前の味方で。後にいっからよ。」

龍麻の嬉しそうな、幸せそうな笑顔の為なら・・・自分を殺してもいいと思った。そう思える程・・・
だから。

「京一・・・」
「いいか?負けるんじゃねぇーぞ?それから・・・逃げるのも・・・無しだからな。中国から戻ってきた時・・・ひーちゃんの幸せそうな笑顔を楽しみにしてっからなっ!」
「有り難う・・・」
全ての想いを込めた言葉。まるで吐息のようにそっと吐き出されたその言葉を京一は受け止めた。
そしてポンと龍麻の背中を一回だけ・・・軽く押した。
「・・・ああ、約束するよ。俺の相棒。」
そんな京一に龍麻は目を少し見開いた後、ふわりと微笑んで、京一に抱きつくとそう耳元に囁いて姿を消した。

これで・・・俺に出来ることは・・・な〜んも無くなっちまったな。
あとは・・・頼んだぜ?壬生・・・・・・

龍麻の去って行った方向を見つめながら京一は呟いた。
空には満天の星々が煌めいている。スッキリと晴れ渡った空は・・・これからどうなるだろう・・・
誰にも分からない。
宿星も運命も関係なく・・・<人>が自分の行くべき路を選ぶのは<人>の意志だ。
龍麻は選んだ。決めた。後は・・・あの男次第だ。
でも・・・大丈夫。
龍麻なら・・・大丈夫。そう信じられる。自分の<意志>できっと欲しいものを手に入れるだろうから。
「ちっとばかし、寂しいけどな。」
そう、京一は一人ごちると家の中へと入っていった。