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『櫻回廊 6 〜別路〜』

――チイサキ ヒト ノ コヨ――

コノ<チカラ>ヲ ソナタハ ヒツヨウト スルカ?

「・・・別に<力>はいらない。必要ない。」

ナンジノ ノゾミハ アルカ・・・

「望み?」

コノ<チカラ>ガアレバ ナンジノ ネガイハ カナウダロウ

「願いが叶う?」

コノ セカイスラ カエル コトノ デキル<チカラ>・・・

「そんなこと望んじゃいない。」

ナラバ ナニヲ ネガウ

「俺は・・・自分のことを知りたいんだ。そしてアイツのことを・・・」

ソンナ コトヲカ?

「だけど、どんなに巨大な<力>を得てもそれは叶わない。違うか?」

・・・シカリ

「叶うなら・・・自分の気持ちを・・・知りたい・・・」

ソナタナバラ ソノネガイ カナウヤモ シレヌ

「・・・どう言うことだ?おい!」
消えゆく黄龍に龍麻は呼びかけた。
「待ってくれ!教えて欲しい!!何故?何故俺は自分のことが解らない!この自分の中に封じられた<これ>は一体なんだ!!」

イズレ ワカル

「黄龍!」

ソレハ ソナタノ オモイ

ソシテ スベテ

「黄龍!!!!」

霞のように姿を消していく黄龍。

・・・・・・カエロウ

最後に小さく聞こえたのは黄龍の声だろうか。余りにも小さくてハッキリと聞き取れない程の。
それは黄龍が帰ると言うことなのか・・・それとも、龍麻の存在が還る・・・と言うことなのか・・・

真っ白く何も存在しなくなった空間で一人龍麻は佇んだ。

力なんかいらない。この自分自身を覆う訳の分からない違和感を取り除きたい。自分が自分でないような。不安な気持ち。一体、自分はどうなっているというのか。
足下がふわふわとまるでおぼつかなくて焦燥感を煽る。
何か・・・おかしい。
何か・・・違っている。
何が??

ふわりと何もなかった空間に柔らかい風が吹く。
長くなった髪の毛が揺れてその視界にチラリとかすめたのは薄紅色の欠片。
次第に多くなって来るその欠片は・・・

「・・・櫻?」

そっと手を差し出して欠片を取る。掌に確かに乗っていたそれは一瞬ふわりと光ると崩れゆく砂の如くにその姿を消した。
後から後からいくらでもひらりひらりと散りゆく櫻の花弁に。
心がざわざわと揺れる。

「何?どうして・・・櫻が・・・・・・」
今までに何度か夢に見た櫻。

櫻、櫻
何時も櫻。

「一体?櫻が何だって言うんだ?」

目の前が櫻に覆われて、意識が遠のく。薄れゆく意識の中で、見えたのは・・・人影?二人・・・満開の櫻の華の下。影が一つに重なる程に寄り添う二人の・・・

「・・・だ・・れ・・・・・・」

ハッキリと見ることなく沈み行く意識の中で龍麻はそっと呼びかけた。

―・◆・―

ひらりひらりと櫻の花が散る。
この一年沢山のことがあった。楽しいことも、哀しいことも、辛いことも。全てを乗り越えて、今全てが終わりを告げようとしている。
卒業式を終えて、一人校庭に佇む。もう、此処に帰ってくることはないかも知れない。一歩外に出れば新しい生活が始まる。
「ひーちゃんっ!こんなとこにいたのか。探しちまったぜ。」
掛けられた声に振り向けばこんな卒業式の日でも変わらずに木刀を大切そうに抱えた京一が立っていた。
「京一。」
「ひーちゃんにさ・・・話が・・・あって。ちょっといいか?」
「ああ、別にいいよ。」
草の上に二人並んで座り込む。柔らかな陽射しと風が気持ちいい。
「俺・・・よ、中国へ行くんだけど・・・ひーちゃん・・・お前は・・・どうする?」
「お・・れ?」
「ああ。」
真剣な眼差しで京一は真っ直ぐ前を向いたまま龍麻に話しかける。
最近は壬生のことばかり考えていてすっかり忘れていた中国。思い出して苦笑する。今度逢ったらその話をしよう、しよう思いながら出来ずにいた。
その京一の顔をじっと見つめながら龍麻は応える。
「・・・・・・いいよ。」
「え?」
「前に言ったじゃん?俺も行くって。」
「・・・・・・そっか?・・・そっか。・・・そうだったな。」
「相変わらずボケてんのか?京一。いくら春だからってまだ早いぞ?そんなんで中国大丈夫か?」
中国行きの話しすらすっかり忘れ去っていた龍麻が自分のことは棚に上げて笑いながら京一をつつく。
「そ、そんなんじゃねぇーよっ」
「どうだかなぁ〜」
あははは、と笑う龍麻に京一はチラリと・・・その表情を苦々しく歪めると龍麻を見つめた。
「何?」
風に艶やかな黒髪が靡いてその魅力的な瞳が露わになる。黒く澄んだ瞳。とても男とは思えない程に白くすべらかな肌。全てが京一を惑わせる。
最近・・・小蒔たちが言っていた。

―――最近のひーちゃん、やけに綺麗じゃない?

元々端正な顔をしていた。誰もが惹き付けられた。でも、今までとどことなく違うのだ。丸みを帯びてきて。何処か色っぽい気がして。

―――少し女っぽい様な気が・・・するのだが・・・

仲間内で誰よりも強い龍麻。その彼が。決してなよなよしているわけではない。ふとしたときに見せる表情や仕草。そう言ったモノが女らしい変化を見せていた。
肉体的にも今まで以上に中性的になってきて、事実最近少しからだが小さく感じられる。

「京一?」
何故こんなにも自分を惹き付けて止まないのだろう。
京一はそんな龍麻にそっと手を伸ばすとその柔らかい髪に触れる。
「・・・好きだ・・・」
「?俺も好きだぞ?何言ってるんだ?」
「そう言う意味じゃなくて。」
そのまま顎を捕らえてそっと・・・キスをする。
「な!きょ、京一??」
とっさのことに防ぎようの無かった龍麻に京一はその表情を歪めた。
「解るか?」
「京一・・・」
「だから・・・一緒に中国へ、と言うなら・・・答えを出してからにしてくれよ。」
一瞬躯を震わせた龍麻が解るから。それ以前に、京一は気付いていたから・・・
「龍麻・・・本当の答えを・・・見つけてからだ・・・そうじゃなくちゃ俺達は前に進めない。」
「京一?」
「・・・あんまり時間無いけどよ。・・・・・・じゃぁ、またなっ。」
そう言って京一はパッと立ち上がると呆然と動けない龍麻を残して一人立ち去っていった。

―・◆・―

去年の冬の頭くらいからだろうか。龍麻に違和感を感じ始めたのは。きっかけは些細なこと。何気ないいつもの日常の中で。気付いたのは・・・そう、八剣を倒した後。
何処か今までの龍麻と違う気がしていた。
何か変わりつつある・・・そう感じた。必死だった。元の龍麻に戻って欲しくて。元の龍麻を取り戻したくて。
でも・・・龍麻の変化はどんどん進んで、どうすることも出来なかった。

結局俺は龍麻を自分の側に留めておくことが出来ないのか・・・

苦々しい笑みを浮かべてふっと後を振り返れば、まだ先程の場所に座り込んだままの龍麻の小さな背中が見えた。
「龍麻・・・」
振り切るようにしてその場を足早に去る。

秋の頃まで。誰よりも一番近くに感じていた。誰よりも側にいて。誰よりも大切だった。
それは龍麻も同じだ・・・と何故か感じていた。

冬の冷たい風が吹く頃にはそれが変わっていた。
どこをどう・・・と言うのではなく。それでも龍麻の視線が、氣が・・・自分ではない誰かに向かっていたから。
だから・・・何度も想った。

なんで?
なんで、アイツなんだ?
兄弟弟子だからか?
表裏の関係だからか?

それがなんだってんだ?

どうしてアイツなんだ?
後から出てきた癖に?
どうしてアイツが?

アイツも龍麻を見ていた。自分自身、何時も龍麻を見ていたからよく分かる。アイツも・・・同じように見ていた。

なのにどうして、アイツは何時も距離を置いていた?
一歩離れていた?
線を引いていた?

解らない。
答えなどでない問いを何度も考えた。

結局。龍麻の変化が進んでいる・・・解ることはそれだけで。
きっと龍麻はもう元に戻らない。何故かそう・・・解ってしまう。
そして、それこそが龍麻の望みなのだろうと。

ならば自分に龍麻の望みを・・・壊すようなまねも出来ず。

行動に出た。

―――中国へ―――

それはきっかけ。
何時までも立ち止まって動けない自分がこれから前に動くための。
そしてそれは同じように戸惑っている龍麻が動くための。

これで完全に龍麻を失うかも知れない。
いや・・・きっとそうなのだろう。
それでも・・・龍麻には幸せになって欲しいから。
誰よりも笑っていて欲しいから。

苦しくなる胸に堪えるように、ぎゅっと木刀を握りしめる。

出来るならば・・・連れて行ってしまいたいのに。
何処かに閉じこめて。誰にも会わせずに。自分だけのモノにして。そうしたならばいつか龍麻は元に戻るかも知れない。自分だけを見てくれるようになるかも知れない。

だが・・・

それは自分が求めた<龍麻>では無くなっているだろう。
本当の<龍麻>自身を失ってしまう。

龍麻・・・お前が好きだ・・・・・・
だからこそ・・・真実を見つけてくれ。
全てをお前が・・・お前だけが決めることが出来るのだから・・・・・・

櫻の花弁がチラチラと揺れる。
「桜・・・か・・・・・・」

やけに切なく寂しくなって空を見上げる。抜けるように青いはずの春の空は、わずかに滲んで見えた。