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『愛(いつく)し戀(こい) 2』


 風が哭いた

 ひょろりと哭いた。

 月を見上げて一つ溜息をついた。数ヶ月前を思い出して、切なくなる。

 あの夜。

 最後の夜。

 話をするために尋ねてくれたのは求め続けた人。大好きな人。その時結ばれた筈の心はすれ違ったまま。

 会う度に鷹通の表情は固く、何処か哀しみに沈んでいった。穏やかに微笑むのも、愛おしげに見つめ返してくれるのも何処か哀しみの影を纏っていた。そしてそれはどんどんと強くなっていく。どうして、と聞きたくて聞けなかった。怖かった。

 もし、嫌われてたら?

 もし、飽きられてたら?

 もし、重荷だと思われてたら?

 グッと締め付けれるような胸の痛みに顔を顰めた。何処にもとろける程甘く、切なく、幸せな時間の思い出はない。二人して本当の幸せを共有するような記憶は。

 どうしてこんな事になったのか分からない。

 今鷹通は宴に出席しているはずだ。同じ……月を見ているだろうか?




「やぁ、我が姫君。ご機嫌麗しゅう?」

 ふざけた口調で尋ねてきたのは友雅だった。時折八葉のみんなはあかねの様子を見に遊びに来てくれる。鷹通は少し顔を顰めたが、別段それを禁じる様なことはしなかった。

「友雅さん!お久しぶりです!!友雅さんこそ、お元気でしたか?」

「ふふふ…姫君に心を掛けて貰えるとは嬉しいね。」

「も、もうっ友雅さんたら!」

 少し照れるように頬を染めて、あどけなく笑うあかねに友雅も微笑んだ。

「さて、それで姫君は一体何をそんなに哀しげなのかな?」

 目敏くあかねの微笑みに影を見つけて、そっと問いかける。

「別に…何もありませんよ……」

 応える声は何処か力がなくて。かつて怨霊や鬼を相手に真っ直ぐな視線を向けて逃げることなく戦いきった少女とは思えない程儚げで、思わず抱きしめてあげたくなってしまう。

「意地っ張りだね。そんなに可愛らしい強情を張ると抱きしめてしまいそうだよ?」

「えぇえ!」

 友雅が言うと全く冗談に聞こえない。驚きながら、ジリッと躯を後退させたあかねに友雅は声を上げて笑った。

「なんかそう警戒されると…意地でもしたくなるね。」

 チロリと流し目で見られてあかねはしどろもどろになる。どうして良いのか分からなくて。ううっ…と揺れる眼差しで友雅を見上げる。

 友雅は少しばかりあかねに近づくとにっこりと微笑みかけた。

「神子殿?」

 さぁ、いいなさい…と強制されて、あかねは迷った。迷ったけれど、誰かに聞いて貰いたいのは事実。こんな事相談出来る様な人は居ないから。あかねにはいざという時本当に頼れるのは、この京にはほんの数人しかいない。

「……鷹通さんが…」

「鷹通が?」

「……………遠いんです………」

 小さい声で言った。

 クスッ

「〜〜〜〜っっっっっっっ!」

 一つ笑った友雅にあかねは恥ずかしそうに頬を染めながら睨み付けた。

「いやいや、済まない。余りにも可愛いことを言うもんだからね。」

「友雅さんなんて、知りませんっ!」

 口元を隠して、にこりと艶やかに微笑まれたあかねはプイッと横を向いた。

「遠い…とは、鷹通の気持ちが分からない、とそう言う事かな?」

「……………。」

 余りにも的を得ていて、何も言えなくなった。

「まぁ、アレは君も知っての通り朴念仁だからねぇ〜。」

「朴念仁…。」

 妙にピタリとして、クスリと笑った。

「何かに憂う表情もなかなか良いが、そうやって笑っていた方が神子殿には似合うね。」

「……友雅さん……。」

 優しい眼差しを受けて、心が暖かくなる。だからだろうか。スルリと心の内のずっとため込んだまま吐き出すことも出来なかった寂しさを吐露することが出来た。

「なんだか鷹通さん、私に壁を作ってるんです。本当の事を何も教えてくれない。手を伸ばせば届くような距離に居る筈なのに、まるで幻のようで…………凄く……寂しいです……」

「神子。」

「私、嫌われているのかなぁ…」

「あんな朴念仁だけどね。信じてあげてくれまいか。アレは朴念仁であるが故に、真っ直ぐであるが故に、裏はないから。」

 私と違ってね?

 そう言ってウィンクをした友雅に、あかねは少し涙で潤んだ瞳で微笑んだ。

「大分、大人の女性らしくなってきたね、姫君。君を変えたのが私だったら良いのに、と思ってしまう程に。」

 その、哀しみを湛えた瞳で綺麗に微笑む強さ。恋の苦しみを知ったからこその、淑やかな、色香を漂わせる美しい笑み。

「もうっ、友雅さんたら。」

 クスクスクスと思わず笑いが漏れた。

 久しぶりに笑ったな、と心の中で想いながらあかねは「有り難う」と胸の内で告げた。きっと友雅は口に出して礼を言われること等望んでいないだろうから。ただ、その想いを眼差しに込めて。

 微笑む。

「大丈夫。そんな君に溺れないでは居られないだろうからね。」

 そう告げた友雅は暫くなんだかんだとおしゃべりをした後帰っていった。





 思い出してクスリと笑った。

 あの時は久しぶりに心の内を誰にかに言うことが出来て、気持ちが軽くなった。本当に嬉しくて、友雅に感謝した。

 そして再び月を見上げて思い出す。

 鷹通の肩越しに見上げたあの夜の月と同じ月。

「信じたい。信じ、させて……。」

 月に両手を伸ばす。届くことのない手。それでも、願わずには居られない。いつの日かあの人の本当の心に触れることが出来る日が来ると。

 勇気を。

 勇気を出さなければ。

 かつてあの人は私に会いに来てくれた。自分の全てをさらけ出して、想いを告げてくれた。今度は自分の番。何時までも逃げているわけには行かないのだから。

 もう、自分は現代に帰ることは出来ない。鷹通を失えば自分は此処にいる意味すら全てなくなってしまうけれど。

 このままで良いはずがないから。

 自分も苦しいけれど、誰よりも哀しげな影をどんどん深く濃くしていくあの人を見ているのは嫌だから。

 あの時は終わりを求めた。

 でも、今度は。

 ―――この恋に、新しい始まりを願っても良いですか?

 キュッと月に向けて延ばしていた両手を胸の処で握りしめた。



@01.10.19/01.10.22/