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『天の邪鬼なホワイトデー 3』


「遅くなってしまってごめんなさい。」

「あら、早かったじゃないの。」

 扉のノックの音から少しして顔を出したアンジェリークにロザリアは言った。

「うっ…。」

「ふふ…嫌みとかじゃなくてよ。実際オスカーの処に行ったにしては早かったじゃない。もう少し遅くなるかと思っていたのに。」

 シラッと言ってのけたロザリアにアンジェリークは顔を真っ赤にした。

「……もう…ロザリアの意地悪っ!」

 そう言いながら、オスカーから新しく受け取ってきた書類をロザリアに渡す。

「これ…先日の炎のサクリアの異常に関するレポートです。」

「分かったわ。」

 ロザリアは書類を受け取るとパッと目を通す。

 いつもならそれでアンジェリークも自分のするべき仕事へと戻っていくのだが、今日はどうも勝手が違っていた。

「どうしたの?」

 目の前で立ちつくすアンジェリークにロザリアは首を傾げた。

「あの…ね、後で相談…したいことあるんだけど…いい?」

「………いいわ、今日は私の処へ泊まっていけばいいし。」

「ありがとう!」

 憂い顔と呼ぶに相応しいアンジェリークの顔にロザリアは苦笑を浮かべてそう言うと、また書類に視線を戻した。

「ああ、ちゃんとオスカーにその事を言って置いてね。じゃないとあの男はあなたがいないと言って大騒ぎするだろうから。」

「………分かってます!もうっ…。」

 恥ずかしそうに顔を赤らめるアンジェリークに、視線を上げなくても分かってしまうロザリアはくすくすと笑いを漏らした。





 アンジェリークがあの噂話を知ってから数日経っていた。

 何度かオスカーに問いただそうとするのだが、どうにもうまくいかない。

 気付くとオスカーの腕に抱きしめられて何も考えられなくなってしまう。

 優しいキスと抱擁と。

 激しいオスカーの情熱に。

 翻弄されてしまう。

「やっぱりこれってわざとかしら?」

「さぁ…オスカーは元からそう言うところがあるし。」

「でも、なんか変よ。」

「あなたがそう思うのならそうなんじゃなくて?」

「だって……。」

 アンジェリークは大きなベットの上でロザリアと二人寝転がりながら口ごもった。

 確かにオスカーは情熱的な男だ。

 想いを告げてからこっち、全然アンジェリークを求めることに遠慮という言葉はなかった。

 喩え相手が女王陛下であるロザリアでも変わらなかった。

 アンジェリークは俺のものだ、と豪語して止まないオスカーは真実無敵状態だった。

 アンジェリークに淡い想いを抱いていた他の守護聖達には見事な牽制と精神的ダメージを与えつつ、アンジェリークを腕に抱きしめて一人絶好調だったのだから。

 思い返すだに色々と恥ずかしい事があった。

 その内の一つにこんな事があった。

 一緒に夕食を食べに行く約束をしていたが、仕事で忙しく連絡を取れないままに約束をすっぽかしてしまったことがあった。

 あの時は大変だった。

 聖地の警備を任されているオスカーは、自分が動員出来る全てのものを使って、アンジェリークを探したのだ。

 せめて自分で探して、見つからなかったからと言う状況で警備隊を動員して欲しかった。

 ロザリアと仕事が終わって、一息ついているところに、緊急の連絡と称して「補佐官様が行方不明に!」と報告してきた女官がアンジェリークを見つけて呆気にとられた表情を見せたあの時を忘れることは出来ない。

「あのオスカーががねぇ☆」

「恋する男って馬鹿ですのね。」

 とはオリヴィエとロザリアの言である。

 特にアンジェリークとして申し訳ないと思ったのはジュリアスにだった。腹心の部下のあまりの変わり様に涙を流して無言で嘆くジュリアスにだけは…何とも言えなかったのだ。

 しかし結局の処、他の守護聖達も様々な感想を述べたが、本人は開き直っているのか、心配して何が悪い、と悪びれたところもなかったりして、やはり最強であった。

 だからこそそれ以来何かというと、ロザリアにちゃんとオスカーに連絡した?と言われる羽目になったのだ。

 とは言え、それだけ愛されていると言うことの裏返しでもあり、アンジェリークとしては何とも複雑だ。

「まぁ、オスカーは煮ても焼いても食えない処があるから。何か隠し事があるのかも知れないけれど。」

「やっぱりそう思う?!」

 ロザリアの言葉に飛びついたアンジェリークにあらあら、とロザリアは内心苦笑を浮かべた。

 全く恋人に信頼されていないオスカーに少しだけ同情してしまう。しかし、それも彼の自業自得と言うところでもあり、仕方がないわね、と一蹴した。

「何かを隠しているにしてもオスカーがあなた以外に目を向けるとは思えないわ。それくらいは分かっているんでしょう?」

「でもでもでもでも!!」

 恋する男も馬鹿だが、恋する少女も馬鹿に、もとい不安になるようだ。

 ロザリアはプッと吹きだした。

「…ちょ…なんで笑うのよぅ!」

「だってあれだけ愛されていながら何を不安に思うのよ。」

「だって…。」

 気になるのだ。

 噂ではオスカーはアンジェリーク以外の誰かに渡すとなっている。二人の仲はうまくいっていないのだと。

「あなた達はこの聖地を巻き込む程勝手にラブラブしてるのよ。それくらい自覚しているんでしょう?周囲の者達の言葉なんか気にすること無いわ。本当は彼らだって分かっているのよ。そんなことあり得ない、ってこと位。だからこそ逆に安心して噂していられるんじゃなくて?」

「……そう…かな?」

 小首を傾げるアンジェリークにロザリアはにっこりと笑みを浮かべただけだった。

「さぁ、いい加減もう寝ましょう。明日も忙しいのだから。」

「…そう、ね。」

 まだまだ話をしたかったのだが、アンジェリークは渋々といった風に頷いた。



@02.03.10/02.03.12/