『天の邪鬼なホワイトデー 2』
アンジェリークとオスカーの二人がつきあい始めた直後は大騒ぎだった。
聖地でも一番人目を引くこのカップルは当然噂になった。
ただ、恋の勝利者となり幸せ絶頂で怖いもの無しのオスカーは無敵状態だった。
そして噂は急速に下火になった。一つも隠すところ無く、あからさまなその行動はともすれば批判の的にもなったが、潔すぎて噂するような気にもなれなかったからだ。
とは言えやっと落ち着いてきた所だと言うのにホワイトデーがやってきてまたぞろふわふわと人々の気持ちが浮ついてきていた。
そんな中でみんなの気をひいたのは、お返しをするオスカーと、お返しを受け取らないアンジェリークの噂だった。
「ねぇ、あの噂…どう思うー?」
「オスカー様の、でしょう?」
「そうなんだけどあのね、内緒なんだけど…。」
「なによ。」
「どうも、補佐官様は貰わない、って宣言されているそうよ。」
「…じゃぁ、何?オスカー様が渡すのって………別の人?!」
「ああ!声が大きいって!!内緒よ、内緒!それに別の人かどうかなんて解らないけど。」
「でも、そう言うことなんでしょう?やだ、じゃぁ、じゃぁ、あの二人…ってどうなってるのよー?」
「だから気になるんじゃないっ!」
「うわー…凄く気になる〜☆」
「でしょー?」
オスカーに渡す書類を腕に抱えたままアンジェリークは廊下でそんな噂話に花を咲かせる女官達に身動きできなくなった。
どうしてこんなにも自分達は噂になっているんだろう。放って置いて欲しいのに。
理不尽な思いにアンジェリークは唇をかみ締めた。
どうしたって補佐官と守護聖。目立つのは仕方がない。
その上オスカーはオスカーで女性の注目の的だし、アンジェリークはアンジェリークでこの聖地においてその不思議な魅力で男女ともに絶大な人気を誇っている。
ただ、そのことにアンジェリーク本人が全く気付いていないだけだ。
噂になって当然のカップルなのだが、本人からすれば不思議でしょうがない。
しかもどうやら今回ゴシップ的に扱われているのもアンジェリークにはショックだった。
キュッと下唇を噛み締めるとアンジェリークは踵を返した。
違うルートで目的地へと向かうためだ。
爽やかな陽の光が射し込む執務室で、余りにもその光に不似合いなオーラを身に纏った部屋の主をオリヴィエは恐る恐るとみ上げた。
「そんなに怒ったってしょうがないじゃないのよ〜☆」
ギロリ。
「ちょっと私を睨んだって噂は消えないんだよ!」
「…ちっ…わかって…いるさ。」
無精無精と言う感じで頷いたオスカーはくるりと椅子を回転させ、窓の外を向いた。
オリヴィエは背を向けられることによって、オスカーのあの氷青の瞳の恐ろしい程鋭い視線から解放されてホッと一息ついた。
「しかしなんだってあんな噂流れたんだか。言って置くけど私じゃないからね!」
「何度も聞いた。」
「何度でも言うわよ!全く、如何にも私が犯人みたいに睨まれて堪らないったら!」
「知っているのはお前だけだからな。」
「でも、違うって言ってるじゃない!!」
「だから、何度も聞いたと言っているだろう?!」
椅子から立ち上がると振り向いてダンッと机を叩いた丁度その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえたかと思うと少しして扉が開かれた。
「あの…何かあったんですか?」
少しばかり首を傾げて不思議そうに立っているのはアンジェリークだった。
「いつものことだ。気にする事じゃないさ。」
オスカーはさらっと何時も通りの笑みを浮かべるとそう言いながらアンジェリークの方へと近づいていった。
執務室の中に入ってきたアンジェリークにそうっと右手を伸ばして頬に触れると、髪を梳きながら、その左頬に触れるだけのキスをした。
「っっ!」
驚いて顔を真っ赤にしたアンジェリークにオスカーは嬉しそうにニヤリと口元を刻んだ。
「俺に会いに来てくれたんだろう?」
一気に蚊帳の外に追いやられたオリヴィエが降参とでも言うかの様に両手を上げた。
「あーあ。やぁ〜ってらんないよねぇ〜〜☆じゃぁ、私はこれで失礼するよん。」
そう言うとオスカーに呆れた風のオリヴィエは「じゃね♪」とアンジェリークに一つウィンクをすると手をヒラヒラと振った。
「さっさと出てけ。」
「ふん。アンタに言われるまでもないわよっ!」
「あ、あのっ…!」
パタン。
扉が閉まってアンジェリークはオリヴィエの方へと伸ばした腕を降ろした。
急に訪ねてきたのは自分であり、オリヴィエだってオスカーに用事があって此処に来ていたんだろう。その邪魔をしてしまったような気がして引き留めようとしたのだが、その相手の姿はもう既に何処にもない。
「え?」
申し訳ない思いでちょっと俯いているとグイッと体を引き寄せられてアンジェリークは戸惑った。
「おい。何時まで他の奴なんかを見ているつもりだ?」
こっちを見ろよ、と顔をオスカーの方へと向かせられた。
「べ、別…に見てなんか…。」
氷青の瞳がジッとアンジェリークを見つめてきて顔が熱くなる。
真っ直ぐな瞳。
冷たくて熱い瞳。
クラクラしちゃう。
目を逸らせようとして。
「アンジェリーク……目を逸らすな…俺の目を見ろ。俺だけを…見ろ……。」
「オスカー…。」
視線を絡め取られて。
心の内まで鷲掴みにされたように全てを支配されて。
近づいてくるオスカーにアンジェリークは目を閉じた。
触れる唇の柔らかく熱い感触にうっとりとしてしまう。
何度も啄むようなキスをされて、ギュッとその広い背中に手をまわして。
「んっ。」
深くなり始めたキスに堪えるようにしがみつけば、お返しとばかりにしっかりと抱きしめられた。
幸せで。
幸せで。
幸せで。
嫌な事やら、不安な事やら様々なこと全部溶けて消えていってしまう。
やっと離れた唇の感触に少し寂しいと思いながらアンジェリークはオスカーを見上げた。
濡れた唇と濡れた瞳。
愛おしげにオスカーは親指の腹でそうっと撫でた。
何度でも触れたくなる。何度でも貪りたくなるその甘い唇に。
常に餓えたような感覚を覚える。
「アンジェ…。」
「あ、あの…オスカーッ」
アンジェリークはドキドキと高鳴る心臓に僅かばかり震える声で呼びかけた。
あれから何度キスをしただろう。何度触れあっただろう。
それでも決して慣れることがない。
この低く通りのいい声に微かに滲む劣情。
凍えてしまいそうな程冷たい色の瞳に宿る熱情。
無骨とも言える大きな男らしい手が優しく繊細な動きでアンジェリークに熱を灯す。
「オスっ……。」
「しっ…。」
声を潜めてオスカーがアンジェリークの唇に指を押し当てて遮った。
そのまま再び降りてくる熱いキスにアンジェリークは何もかも解らなくなってしまう。
オスカーの腕の中、何一つ不安のない安らぎにアンジェリークは包まれていた。
@02.03.08/02.03.10/02.03.11/