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『天の邪鬼なホワイトデー 1』


「オスカー…あの…私ね?貰わないからね?」

「?何をだ?」

 急に黙り込んだかと思えば、躊躇いがちにオスカーの様子を窺うようなアンジェリークにオスカーは首を僅かながら傾げた。

「その……ホワイト……デーの……。」

 モジモジと俯きながら少しばかり言いにくそうに言うアンジェリークは実はオスカーの腕の中だった。

 愛しい存在を腕に抱きしめて。

 思うままに優しいキスを降らして。

 極上の幸せの中で。

「だって、私オスカーにバレンタイン何も贈ってないし。それに……。」

 やっぱり嫌だもん、と呟くアンジェリークにオスカーはおやおやと片眉を上げて見せただけだった。

 別段オスカーとしてはホワイトデーにこだわりを持っていたわけではない。今までだって貰ったチョコのお礼に、と何かしらのものをみんなに返してはいたが、当然どれもこれも義務的なものばかりで、真実想いのこもったお返し等ありはしなかった。

 そして今現在、何よりも大切な存在が自分の腕の中にいる。

 側にいる。

 それが全てで、オスカーともあろう者がアンジェリークに言われるまでホワイトデーのお返しにすら気付かない程浮かれきっていた。

 しかし、気付いてしまえばそう寂しいことを言われて何一つ引っ掛かることなく納得できるはずがない。

 何と言っても心から惹かれた初めての相手なのだから。

 しかし、実際アンジェリークはオスカーに想いを捧げはしても、チョコをくれはしなかった。だと言うのにお礼と称して何かをするのは確かに可笑しいと言えば可笑しい。

 でも………。

「なる程…な。」

 小さく思案顔で呟いたオスカーにアンジェリークは気付くことは無かった。





 噂が流れ始めたのは3月に入った頃だった。

「ねぇ、アンタは知っているのかしら?」

「何を?」

 女王補佐官としての仕事を終えて、女王となったロザリアと一日の疲れを癒すひととき。

 一緒にお茶を飲んでいるその時、アンジェリークの様子を窺うようにして聞いてきたロザリアにアンジェリークは首を傾げた。

 ゆらりと金の髪が揺れる。

「……知らないのね……。」

 ため息を吐くロザリアにアンジェリークは焦れったそうに手に持ったお茶を机の上に置くと、見つめ返した。

「何のこと?」

 翡翠の瞳がジッと見つめてきてロザリアは居たたまれない気持ちになる。

 何でこんな事に自分が巻き込まれるのかしら、と思いつつも、それを全くと言っていい程不快に感じていない自分に苦笑するしかなかった。

「噂を聞いたわ。何でもオスカーがたった一人にだけホワイトデーにお返しをするって。」

「え?」

 ロザリアの冷静な言葉を聞きながらアンジェリークは小さく呟いた。

「本当に?」

「嘘か本当かは知らないわ。噂だもの。」

「そう……。」

 素っ気なく言うロザリアにアンジェリークは俯いた。

 自分がオスカーにホワイトデーのお返しは貰わない、と面と向かって宣言したのはそれ程前のことではない。

 ならば一体どう言うことだろう?

「それって私…かな?」

「あなた以外に誰が居るのよ。」

「でも、私貰わないってこの間オスカーに言ったばっかりなのに……。」

「あら……。」

 おかしいわね、とロザリアが意外そうに目を見開いた。

「でも、あなた以外に居るはずが無いじゃない。」

 あっけらかんと楽観的に言うロザリアにアンジェリークは縋り付くような視線を向けた。

 何をどうしたってロザリアはアンジェリークにぞっこんな某炎の守護聖のことを理解していた。ともすれば執務の邪魔をし、自分と親友との交流すら邪魔をする。

 最近では偉く目の上のたんこぶ状態であり、ロザリア的には気に入らないことこの上ない。

 とは言えアンジェリークが幸せそうにしているのだからロザリアには文句が言えない。仕方がない、と言うところで。

 でも、だからこそ噂なんかには振り回されない。

 いっそのこと、浮気とかでもしてくれちゃったりして、別れてくれた方が嬉しいかも、と物騒なことを思わないでもないがそうするとアンジェリークが泣くのが解っているしと、ロザリアとしては内心の葛藤が甚だしい今日この頃なのだ。

「もう…ロザリアったら……。」

 もうちょっと真剣に聞いてよ、とアンジェリークはぷくっと頬を膨らませて見せた。

 一度貰わないと言ったからには貰う気はない。

 それにそう言ったアンジェリークの事はオスカー自身が一番よく分かってくれている筈だ。

「なんか…やだな……。」

 ポソッと呟いたアンジェリークにロザリアは苦笑しただけだった。



@02.03.07/02.03.10/