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『訪れ 05』


美里を人目に付かないように学校の近くの龍麻のマンションに連れてきていた。
家に連れて帰るには美里が興奮しすぎていた。
かといって俺の家に連れて行くわけにも行かない。しかも、出来るだけ人目に付かないように近い場所が良かった。龍麻の家は・・・拳武館の鳴瀧のおっさんが用意したとかで学校から歩いて5分ちょっとぐらいの場所だった。しかも、何時戻ってくるか分からないから、留守の間を俺が(正確には仲間みんなだが、殆ど親の干渉が無くて喜んでいる京一が龍麻のマンションを占拠していた)預かっていた。

部屋に連れて行ってソファーに座らせる。
「美里。なんか・・・飲むか?コーヒーとか紅茶とか?」
ブンブンブン・・・黙って首を振る。
痛々しい様子に目を細める。
「じゃあ。シャワーでも浴びるか?」
「・・・・・・・・・・・」
今度は首を振らない・・・黙ったまま悩んでいるのか。
暫くしてこくんと首を一つ縦に振った。
「よし。ちょっと待ってろ。用意してくるから。」
そう言ってニコリと微笑む。
美里は京一を潤んだ目で見つめたまま、僅かに頷いた。

なかなかシャワー室から出てこない美里にジリジリしながら一人居間でコーヒーを飲む。
思いっきり苦いブラックコーヒー・・・居間で待つ自分にぴったりな気がした。
俺は間に合ったのか?美里を・・・結局護りきることは出来なかったんじゃないのか?
美里の傷ついた眼差しを思い出す。

「京一君・・・」
「お。出たのか?」
「ほれ。紅茶・・・確か美里は紅茶の方が好きだったよな。それとも・・・止めとくか?」
「ううん。頂くわ。有り難う。」
紅茶の入ったティーカップを手に取る。
暖かいその温もりが心に染みる。
また、涙が零れそうになってぎゅっと目をつぶって我慢する。
「我慢するなよ・・・」
ハッとなって京一を見上げる。
切なげな瞳で美里をじぃっと見つめている。真剣で怖いほどの眼差し。でも・・・どこか暖かい優しさに満ちた・・・
「だって・・・何も・・・無かったもの。大丈夫・・・だわ。」
「本当に大丈夫なのかよ・・・。そんなに苦しそうな顔しておいて・・・・・・泣けよ。泣いちまえよ。その方がスッキリする。俺で良ければ、全て受け止めてやるから・・・なぁ、美里。一人で我慢するなよ。」
京一の方がよっぽど今にも泣きそうなほど哀しげに言葉を紡ぐ。
「だって・・・・・・」
「だってもなにもねぇーだろ?ほれっっ!」
無理矢理近づいて美里を抱き締める。
お風呂上がりのほんのりと色づいた美里が腕の中にいる。思わず自分の中の中谷と同じ醜い欲望にギュッと耐えて優しく抱き締める。

京一のたくましい胸に抱かれて・・・ドクンドクンと京一の心臓の音が聞こえた。
じわりじわりと自分の体に染みこむように京一の暖かさや優しさが・・・嬉しい。
甘えちゃ駄目だ。彼は・・・自分を好きなのではないのだから。
彼は誰にでも優しいだけ・・・・・・
そう自分に言い聞かせても・・・どんなに抑えても溢れだした想いが止まらない。
京一の胸にしがみつくようにして声を上げて泣いた。もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
全ての感情をぶつけるように泣いた。
ただ、京一は静かに、静かにその全てを受け止めてくれていた。

「美里・・・」
「京一・・・君・・・」
どれ程の時間が経ったのだろう。
スッカリ落ち着いたのか、涙も大分前に止まり穏やかな時間が流れていた。
二人だけ。
一つの部屋で・・・お互いの思いを知らないまま・・・・・・
「・・・・・・」
京一を見つめているのが辛くて美里は顔をパッと逸らす。
そのまま俯く美里に京一は顔に手をやって振り向かせる。
「美里?どうして・・・視線を逸らす?この間から・・・何を隠してる?何を苦しんでる?」
それでも視線だけは逸らしていた美里は、はっとして目を見開く。
彼は・・・気が付いていたのか。自分が苦しんでいたことを。
見つめ合って・・・そして決意する。
これ以上・・・彼に意味もなく迷惑を掛けるわけにはいかない。
彼には・・・「理由」を聞く事が出来る唯一の人間なのだから。
「私・・・貴方のこと・・・ずっと好きだったわ・・・貴方が・・・たとえ誰を好きだったとしても・・・」
真っ直ぐに見つめて言う。
京一の目が大きく見開かれる。
「な、に・・・?今・・・美里・・・今、なんて?もう一度言ってくれないか?」
あまりの願望に自分の耳が都合のいいように聞いただけに違いない・・・そう思った。
だから、もう一度美里の言葉を望む。
「あなたが・・・ずっと好きだったわ・・・」
今度こそハッキリと聞こえた。幻聴でも思いこみでもない。真実美里の言葉。
何よりも欲しかった言葉!
ギュッと美里の細い体を抱き締める。
「美里・・・」
その耳元にそっと囁く。

―――――俺もずっと好きだった―――――

今度は美里が目を見開く。
「だって・・・貴方は他に好きな人が・・・ソレで・・・」
「俺に他に好きな奴なんていない。それから・・・美里こそ・・・龍麻が好きだったんじゃないのか?」
「え?龍麻を好きなのは京一君じゃないの?」

二人の間に長い沈黙が広がる。
それから二人してぷっと吹きだして笑う。
お互いにお互いを誤解していた。
「何?俺が龍麻を好きだって思ってたのか?俺が美里は龍麻が好きだと思っていたように?」
「ええ。だって、龍麻が旅立ってから凄く寂しそうだったし・・・昔から・・・京一君龍麻のことを凄く大切にしてたから・・・」
確かに龍麻は大切だった。親友で相棒で・・・掛け替えのない存在。でも、恋ではあり得なかった。たとえそれが愛と呼べたとしても、恋ではない。相手の全てを望むような・・・そう言う想いではなかった。上手く口にして説明できないのが分かっていたからあえてそれ以上龍麻については何も言わない。
「寂しそうだった?ソレは・・・龍麻がいなくなって・・・寂しかったよ。お前への思いを紛らわす者がなくなっちまったからな。じゃあ、何で美里は最近落ち込んでたんだ?」
「え?わたし?私は・・・寂しそうな京一君を見てて、まだ・・・好きなんだなぁ・・・って思うと哀しくて・・・」
二人ともお互いを思い合って・・・
「あはははは・・・バッカみてぇーっ何やってんだ俺達。」
「あはは。本当ね。コレで5年も掛かっちゃったわ。」
二人して笑いあって見つめ合う。
ふわりと京一の吐息が近くなる。
えっ?
と思ったときには自分の唇にあてられた京一のソレ・・・
すぐ離れたソレは・・・悪戯っぽい瞳をしたまま美里の顎に手を掛けてもう片方で腰を抱きながら囁く。
「目ぇ・・・瞑れよ・・・」
囁かれた内容を理解するより先に自然と目が閉じていた。
再びふれあう唇。
お互いの思いを伝えあうように・・・長く長く・・・そして徐々に熱く激しく・・・

美里の唇を軽く啄むようにして何度も口付ける。耐えきれなくなったようにうっすらと空いた口の中にさっと舌を差し入れて美里の口内を探る。
吃驚して奥に逃げ込んだままの美里のソレを見つけだす。
深く口付けて・・・絡め取るようにしてソレを吸い上げる。
「あっ・・・・・・」
美里の唇から甘いと息が零れる。
思う様美里の唇を味わい蹂躙する。
へたりと既に力の入らなくなった美里の体を抱き上げて寝室へと向かう。
「きょ、京一君!」
「京一。」
「え?・・・」
そんなことを言って顔を赤らめている間にベッドの上にフサリと降ろされた。
「葵・・・」
名前を囁かれて・・・
「だ、だって・・・京一君・・・」
「京一って言ってるだろ?」
優しい瞳が見つめてくる。
「お仕置き・・・そう言うまで・・・止めない。」
「きょ、京一君。ちょっと・・・だって。そんな急に・・・あっ・・・だ、駄目だって・・・っばぁ・・ぁん・・・」
そのまま首筋に口付けられて舌先でチロリと嘗め上げられた。
気が付けば手は服の釦を外している。
直に触れてきた手は竹刀を握るにふさわしい力強い大きな掌。
乳房を柔らかく揉まれて初めての感覚におののく。
「葵・・・ほら・・・呼んでよ・・・」
「きょ、京・・一っ・・・・・・」
やっと自分の事を名前だけで呼んでくれた長年の想い人にそっと口付けて・・・
そのまま服を脱がしていく。
「ちょ・・・言ったら・・・って・・・」
「やっぱり止めるの止めた。お前が・・・欲しい・・・他の誰でもない。お前だけ・・・俺のことだけでお前を一杯にしてやるよ。他のことなんか全て忘れちまうぐらいに・・・」
「そんな・・・」
困惑しながらも京一の手を振り払うことも出来ずそのまま京一の愛撫を受ける。
濃密で甘い時が流れる。
全ての想いを飲み込んで今成就する。

「愛してるよ・・・」
「愛してる・・・」
繰り返される睦言に・・・全ては押し流されて・・・

京一の腕の中で眠りにつく。
あまりにも心地よい・・・
幸せすぎて涙が零れる。
「何、泣いてんだよ。泣き虫だな。」
優しく言われて・・・もっと涙が止まらなくなる。
そのまま京一は美里の涙を拭うようにキスをする。そして優しく強く腕の中に抱き締めて・・・そのまま二人してゆっくりと眠りの淵に落ちていく。

5年もの時を越えてやっと・・通じた想いに二人は寄り添いながら眠る。
静かに・・・穏やかに・・・二人にやっと・・・訪れた・・・幸せ。
何時までも――――――

 

 

 

〜後日談〜
何があったかは生徒達にハッキリと説明はされなかった。
中谷先生が怪我をして入院したと言うこと。そして、退院と同時にこの学校を辞めると言うこと。
今年の春来たばかりなのにもう止めていく事に色んな噂が出た。
とある女子生徒との恋が発覚して辞めるのだとか。
そして噂になったもう一つは・・・
先日強姦しようとして失敗して返り討ちをくらって入院して、尚かつ学校側にばれて辞めるのだとか。
前者はファンクラブの女子生徒から・・・そして後者は・・・・・・誰が言い始めたものやら・・・
どちらが真実なのか・・・生徒達に答えてくれる者は誰もいない。
教師達はどうして"真実"が外に漏れたのかと首を捻り、冷や汗をかき続けていた。
自分達ですら、相手の女性についてなどは聞かされていないと言うのに・・・

「やっぱ・・・あの程度じゃー気がおさまらねぇな・・・」
「京一?どうしたの?」
「ああ。何でもねぇーよ。」
まあ・・・許してやるか?これもそれもアイツの馬鹿さ加減のお陰と思えば・・・
にやりと笑って京一は美里を抱き寄せて軽くキスをする。

美里を腕に抱きしめたままそっと空を見上げる。

――――――龍麻・・・お前・・・今何処にいる?
お前に話したいことが出来たんだ。笑い話だ。5年も掛けた・・・。そしてお前の話も聞きたいもんだ。さっさと・・・帰ってこいよ。

抜けるような青空にそっと話しかけた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――End.