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『視線 1』

何時だって感じていた。
ソレは戦闘の時も。
仲間たちと笑いながら騒いでいる時も。
哀しいと想う時も。
何時だって背中に。また正面から。
貫かれる程の強い眼差し…
ソレが………何時の間に普通になってしまったんだろう?

―・◆・―

「ひーちゃん……大丈夫か?」
「ああ、さんきゅv」
旧校舎で龍麻の背を狙っていた敵を駆け寄ってなぎ倒した京一は手をさしのべて、龍麻を立ち上がらせるとチラリと視線を後ろに流して、面白くなさそうに舌打ちをした。
「………ちっ。訳わかんねぇーやつだぜ…」
「京一…」
「わーってるよ!」
ぷいと膨れっ面をして背を向けて次の敵を目指して駆けていく京一の背中を龍麻は溜息をつきながら見つめた。
京一の思いは…解っているのだ。
それでも……自分には“ソレ”を…否定できないのだから仕方ない。
京一が駆け寄ってきて龍麻を助けたとき一段と強くなった視線。
キッと睨み付けられて、ソレは思わず殺気なんではないかと疑う程の強烈さで龍麻に突き刺さる。
“ソレ”を感じて京一が文句を言ったのだ。
京一が文句を言うのは解っている。当然かもしれない。
“ソレ”は…今も正面から小憎らしい程冷静な無表情さでじっと龍麻を見つめている壬生紅葉の視線。
それ程離れた位置に居るわけではない。
だと言うのに…龍麻が背後を狙われているのに助けない。
京一が助ければ、ソレを余計なことを…と言わんばかりに殺気を込めた眼差しで見つめてくる。
何故彼が“仲間”として共に戦ってくれているのか本当に不思議に思うときがある。
それでも……今まで黙っていたのは、答えが怖かったから。
問いつめて。
ならば、自分は不要だ、とそう告げて自分の側を壬生が立ち去っていくのが耐えられなかったから。
きゅっと龍麻は壬生を睨み付けるようにその眼差しに力を込めると、壬生は不敵に唇の端を微かにあげて笑った。
―――ドクン…
自分が笑われている…解っているのに。その挑戦的で野性的。何処か寂しげで孤独な瞳が綺麗に自分を見つめて微笑んだ様が…龍麻の心を捕らえてどうにも逃れられない。

なぁ。どうしていつも俺を睨んでいる?
ソレは憎しみか?嫌悪か?敵意か?
殺気かと間違う程の“ソレ”
でも…何時の間に…“ソレ”は自分にとって必要なモノになってしまったんだろう………

きゅっと龍麻は唇を噛み締めると、ふっと同じように挑戦的な光を宿した瞳で笑った。

―――失えないなら…戦って奪い取るまで。

―・◆・―

各々が帰途につく中で、一人その場から静かに背を向けて立ち去ろうとしていた壬生に龍麻は声を掛けた。
「壬生!」
チラリとだけ振り向いて壬生はその歩みを止めた。
「なんだい?」

そんな二人の様子を少し心配げに見つめながら、京一は一つ息を吐くと、醍醐達真神の仲間を引き連れてその場を立ち去ろうとした。
「あれ?ひーちゃんは?」
「いいのか?」
「龍麻…」
そう言って首を傾げる仲間に「いいんだよっ」とぞんざいな言葉で返しながら、背中を押すようにしてその場から離れる京一の姿を龍麻はチラリと見て、小さく口の中で「サンキュ…」と呟いた。

「……」
そんな京一達の様子を見ている龍麻を見て、壬生は待つでもなく、唇の端を上げるようにして嗤うと又歩き始めた。
「あっ!壬生!待てよ!!」
「だから何だい?」
何処か苛立たしげに振り向きもせず、当然足を止めることなく応える壬生に龍麻はキュッと唇をかみ締めると足早に追いかけて隣りに並んで歩き始めた。
「話が、在るんだ……」
「僕にはないよ。」
即答されて龍麻は言葉に力を込めて告げた。
「それでも。俺には在るんだよ!」
「………」

何時からだろう?
いや、一番最初からだろうか?始めてあった時、自分は壬生にとって暗殺すべき標的であったから。
暗いプラットホームで自分だけを真っ直ぐに見つめた壬生の瞳が…今でも忘れられない。
とても暗殺業を生業としているとは思えないほど真っ直ぐで濁りのない瞳。危険な程美しく闇の中で煌めいた。己の持つ確固たる信念の為には自分の命すら省みない彼の言動。
何処か自分自身を否定するような、卑しめるような事を言いながら、それを覆す程に真っ直ぐなその視線。
心を…一瞬で捕らえられた…そう、思った。
京一を。大切な親友であり、相棒を害された怒りと同じ位、いや、もしかしたらそれ以上に惹かれて止まない自分に戸惑った。
でも、しばらくして。
最初<殺気>だと思った自分を貫くその眼差しに「誰だ?」そう思った。
余りにもあからさまでその視線の主にすぐ気付いた。
壬生は龍麻と視線があっても逃げる素振りもなく、傲慢な程にそのまま見つめ続けていたから。ニヤリと笑みを浮かべて。
「だから、どうした?」と言わんばかりに。
納得できなくて。「どうして?」と思った。「むかつく」とも思った。
否定―――したかった。
信じたくなかった。嫌だった。
でも………
何時の間にかソレは変化した。
彼が見ている。
それが嬉しい。
彼の瞳に自分がうつっている。
あの綺麗で澄んだ瞳にうつるのは自分。他の誰でもない、緋勇龍麻。
その視線を感じる度に喜びと苦しみに捕らわれ続けた。
見つめられている嬉しさと。
嫌われているのかという胸の痛み。
何時だって自分は既に…彼に支配されていたのかもしれない。
そして唐突に想いに気づいてしまった。
気づけばもう後戻りは出来なくて。
切なさだけが募る。

―――自分は…彼に惹かれて。スキ、だと言うのに。

「嫌だと言っても、今日はつき合って貰う。」
強い意志を込めた言葉。
それを聞いて壬生は片方の眉をぴくりと上げてから、嫌そうに目を細めた。
「僕は今夜仕事がある…。」
「じゃぁ、お前んちで待ってる。」
迷いもなく応える龍麻に壬生は「はぁ…」とため息を吐いた。
「冗談じゃない…」
「こっちだって冗談じゃねぇーよ!」
まるで戦闘態勢に入ったかのような緊張を張り巡らして、お互いに睨み合った。
―――こんな…事を言いたい訳じゃないのに……
龍麻の怒りを宿したような強い眼差しに壬生は少し眩しそうに目を細める。
「分かった…」
嫌々、と言うのが手に取るように分かる口振りで壬生は龍麻から視線を外すとそう言って歩き始めた。
「え?」
「僕の家でもいいが…ここからだと君には遠いだろう。君の家でいいかい?」
新宿の真神学園から葛飾区にある壬生の家に行くよりは余程無理のない提案だった。龍麻自身住んでいるのは新宿区であり、ここから歩いていける処にある。
でも、それは。
俺の事を少しでも考えてくれたから?それとも俺を家に入れるのは嫌だったから、か?
一瞬の戸惑いには答えなど出ないままで。そして、それ以上に……。
「そ、それは全然良いんだけど……仕事は……?」
「さっきのは嘘だ。」
「あ……そ、う……」
全く悪びれるところもなくあっさりと言われて、怒る気力もなくす…と言うよりは、ここまで来れば天晴れ、と言う感じで逆にすんなりと頷いてしまった。
「で。どっちに行けば良いんだい?」
「ああ、この道をこのまま暫く行くんだ…」
ピタリと足を止めた壬生に聞かれて龍麻はハッと我に返ると、壬生と一緒に家まで無言のまま帰った。

―・◆・―

「で?」
言葉短く何?と言うような眼差しを向けてきた壬生に龍麻は溜息をつきそうになった。
彼は龍麻の家に入って壁に寄りかかったまま、部屋の中央に来ようともしない。
龍麻は一人テーブルの上に二つのマグカップを置いてクッションの上に座り込んだ。
「取り敢えず座ったら?」
「いや、いい…」
「警戒してるのか?それとも怖いのか?」
「…………」
挑発してみても。彼は涼しい顔で受け流すばかりで動じたりしなかった。
その程度…と言わんばかりの馬鹿にした笑みを口元に浮かべるばかりだった。
「まぁ、いいや…話し…なんだけど…」
一人マグカップを手に取り、ゆらゆらと揺れるコーヒーを見つめた。
壬生は相変わらず何も語らない。沈黙が辺りを支配して…それをうち払うように切り出した。
「壬生…俺のこと…嫌いか?」
直球勝負と言うヤツだった。
「ああ。」
帰ってきた言葉もまた直球だった。
それは胸を苦しくさせた。
「…なんで…一緒に戦ってくれるんだ?」
「それが館長の望みだからだ。」
「鳴瀧さん?あの人がそう言ったのか?」
「いや。あの方はそんなことをおっしゃらない。だが……」
そこで言葉を止めた壬生を龍麻はじっと見つめた。
静かな表情。
少しも動揺していないような。平らかな…精神状況を示すように、ただ壁に持たれているだけなのに、隙がない。
それに比べたら…龍麻は酷く不安定に揺れているだろう精神状態を隠すので精一杯だった。
「だから…俺を睨んでいたのか?俺の側に居るのが嫌だから。こんな<戦い>に巻き込まれたのが不本意だったから。………殺気かと想う程に強く…」
「………ああ。」
今まで即答だった壬生が初めて微かな逡巡を見せた。
でもそれも本当に一瞬の事。
「僕は君の事が許せない。綺麗な正義をふりかざしてそれを少しも疑うことのない君が。」
「…そ…んなの…」
龍麻は言葉を失った。
それ程までに嫌っていながら、鳴瀧さんの為だけに…己を殺して自分の側に居てくれたのか?
そんなに嫌な想いをして…一緒に戦っていたのか?
思わずそう言って詰め寄ろうとして、逆に体が動かないことに気づいた。

動か、ない?

思わず胸に手を当てた。
痛かった。
苦しかった。
それ程までに嫌われているとは想っていなかったから。
ある程度は想像していた。分かっていたつもりだった。でも、実際に彼の口から告げられる言葉は辛かった。
自分の存在そのものを否定された様で…余りのことに心が、体が、全てを拒否していた。

「どうする?もう僕のことは自由にしてくれるのかい?」

そんな龍麻をあざ笑うかのように壬生は冷たく視線を流してきた。
「…?」
自由?
なんのこと?
不自由になった思考能力でぼんやりと考える。
「東京の運命だかなんだか知らないが、それから僕を解放してくれるのかい?と聞いている。」
それは…つまりは仲間でなくなると言うこと。
東京を護るために共に戦う事から<自由>になりたい…ということ。
一番…恐れていたこと。

―――もう…彼の存在を近くに感じることすら出来ない。あの眼差しすらも…喪う………

恐怖に体が震えた。
だから…涙の出そうになるのを堪えて…壬生を睨み付けた。
「…ソコまでのことを言ってくれて…簡単に解放するのは…癪だね…」
皮肉気な笑みを湛えて龍麻は下から壬生を見上げた。
「はは…つまり答えは<No!>だ!!」
乾いた笑みを張り付かせて龍麻は静かに告げた。
壬生はまぁ、当然かな…と言う風にたいして表情も変えずにただ肩をすくめただけだった。

少しの間二人とも言葉無くその場に佇む。
チッチッチッチッ……と静かに時を刻む時計の秒針の音がこんなに大きく聞こえたことは無かった。
「…話は…終わりかい?明日も学校があるし。もうそろそろ失礼するよ。」
壬生はふと時計を見て時間を確認するとそれだけ告げると、背を向けて扉の向こうに姿を消した。

チッチッチッチッチッ……

その音だけが…全てが喪われた、止まってしまったかのような部屋の中で確かに時は動いていることを告げていた。
「壬生…」
小さく龍麻はその名を呟いた。
ぽたりと零れ落ちた滴は…呆然となった龍麻の手の上に落ちた。

こんなになっても。
まだ心は求めてる。
喪いたくないと叫んでいる。
既に…喪っているだろうに。
まだ足掻いている。
何とかならないだろうかと…。
惨めな程に。
愚かしい程に。

それでも、なお…
手を伸ばさずには居られない。

どうしたら…手に入れられる?
あの強く美しい瞳を持つ人を。
どうしたら振り向かせられる?
あの酷く孤独で寂しい闇を抱える人を。

ホシイ

自分は…何をすればいいだろう……

自分が出来ることは…それは―――

運命の歯車は回り続ける。
人の思いなど関係無しに。

いや、それこそ人の思いに引き寄せられるようにして動き始めるのかもしれない。

 

 

@00.11.13/00.11.14/