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『愛(いつく)し戀(こい) 6』


「まぁ、友雅殿!」

 急に女房の案内もなく姿を現した友雅に藤姫は驚きの声を上げた。

「やぁ、藤姫。元気そうだね?」

「友雅殿!……………ふぅ。もう、本当に友雅殿と来たら。」

 口を開き何かを言い掛けて藤姫はフッと相好を緩めると口元に笑みを刻んだ。

「元気にしておりますわ。友雅殿はお元気良すぎるようですけど?」

「……これは手厳しい…」

 結構な事をサラリと言われて、何やら昔の何も知らなかった幼い頃の藤姫を懐かしく思えて苦笑した。

「でも、今日は急にどうなされましたの?」

「こちらの姫君方に久しぶりにご挨拶を…と想ったのだがね。」

「あら、残念ですが姉様なら今お出かけですわ。」

「…………鷹通か……」

 楽しそうな藤姫はにっこりと頷いた。自然に「姉様」と言う言葉が出た、それだけで二人が上手くやっていることは分かる。それに、心安らかな笑みは「神子様がどことなくお寂しそうなの。一体どうされたんでしょう?」と気にしていた頃にはなかったものだ。

 先日微妙な場面に出くわした友雅としては少しばかりあの後の展開が気になっていたのだが、この様子なら鷹通は上手くやったらしい。ニヤリと楽しそうな笑みが期せずして浮かんでしまう。

 ―――これから楽しくなりそうだ……

「友雅殿!何を企んでいらっしゃいますの?!姉様を悲しませるようなことは赦しませんからね!!」

「おやおや。何のことを言っているのか分からないよ?」

 ことさらゆっくりと名前を呼ばれて、友雅は内心驚いた。本人ですら何をしよう、と言うハッキリとした事を考えてもいないと言うのに、何故分かったのかと。まだ形になっても居なかった想いを藤姫に指摘されて、逆に「なるほど」と想ってしまったり。

「とーもーまーさーどーのっ!」

「いやいや、何も企んでなど居ないよ。ふふふふ。」

 今はね。

「その楽しそうな笑みが妖しいのです!」

「なるほど。では私に別の笑みを浮かべさせてみるかい?何だったら他の表情でも構わないが?」

「!!!え、遠慮しておきますっっ!」

 色気たっぷりな流し目で見られて、少し頬を染めながらもズサッと一瞬体を後に逃げるようにした藤姫に友雅は声を上げて笑った。





「風がとても気持ちいいですね。」

 鷹通に言われて遠くの景色に見入っていたあかねは鷹通に視線を向けるとにこりとした。

「はい。」

 二人で桂の荘園を歩きながら微笑みあった。天高い秋の空。吹き抜けていく風は澄み切っていて爽やかで。辺りの水田はそろそろ収穫も終わってしまったのか、寂しい風情となっている。

「でも、やっぱり水田は稲穂が沢山ある時の方が優しいですよね。」

「優しい…ですか?」

「だって、みんな一生懸命風に揺れながら頑張ってて。私も頑張らなきゃ、って気になるんです。まるで励まされて居るみたい。あの頃…何度も鷹通さんや八葉のみんなと此処に来ましたけど、私も好きなんですよ、此処。」

 あかねが少し懐かしむ表情で告げる。

「この間までは金色に輝く稲穂が風に揺れているところなんて凄く綺麗でしたし。」

 それに京の人々の様子を直接感じ取ることも出来て、楽しいんです。

 そう応えたあかねに鷹通は嬉しそうに微笑んだ。

 昔と同じ笑み。

 初めて出逢ったときからずっと自分に向けられてきた穏やかで優しい笑み。

 変わらないけれど、確かに違う。

 あかねはそれが嬉しくてたまらない。

「あの……」

「はい、何ですか?」

「………手を…繋いでも宜しいでしょうか?」

「えっ…?」

 言われた内容を理解してあかねは赤面した。

 そんなことを面と向かって言われても何と応えて良いのか分からない。チラリと見遣れば言った本人も頬を染めて恥ずかしげに視線を逸らしていたりする。

 言葉なんて分からないから。何て応えたらいいのか何て知らないから。

 だから。

 あかねからそっと鷹通の手に触れた。

「神子殿っ…」

 驚いてあかねを見つめた鷹通に、ちょっと照れながらも笑いかけた。

 繋がれた手。

 暖かい。

 繋いだ手に少しだけ力を込める。決して離れることのないように。この手を見失うことがないように。

「あの……」

「はい?」

 ついさっきと同じように言葉に詰まった鷹通にあかねは首を傾げた。

「…………何時か……私の館に来ていただけますか?」

「…………鷹、通さん…」

「手を繋ぐ」から「館に来て」である。その急なすっ飛びようがまた何とも鷹通らしいとも思えた。驚いた。驚いたけれど、何よりも。

 嬉しかった。

 二人の婚儀は前々から決まっていたこと。別にそれが嫌だとは言わないが、それは周囲に決められて、勝手にそうなっただけのこと。でも、今のはそうではなく。周囲がどうとか言うのではなく。鷹通の言葉で。直接に言われて、確かに二人の間で決めれること。

 嬉しくて。

 少し滲んだ視界にちょっぴり慌てたような鷹通が霞んで見えた。

「あ、あのっっ…神子殿?」

 零れ落ちる綺麗な微笑みが鷹通只一人に与えられる。

「はい、連れて行ってください。」

 鷹通の瞳が柔らかく嬉しそうに細められる。

 お互いだけに向けられる、そして他の人には向けられることのないその眼差し。愛おしさを包み込んだような。

「有り難う御座います……」

 呟くと鷹通は繋いだままのあかねの手を持ち上げるとその甲にふわりとキスを落とした。まるでそれが約束の証だとでも言うかのように。



@01.10.25/01.10.26/