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『初めての写真 1』


 あかねは大学のキャンパスを歩いていた。

 勿論私服姿だ。流石に大学を高校の制服姿で彷徨く勇気はない。更に言うなら、大学の受験に備えての見学と言う訳でもない。

 ここに来たのは会うために。

 大好きな人に会うために、だった。

「藤原君」

「はい、なんですか?」

 声が聞こえてきてあかねはパッと視線を彷徨わせた。

 間違いようもなく、自分が探している相手の声だったから。大好きな人の声だったから。大好きで大好きで、そして、何よりも自分を愛し、この世界まで来てくれた藤原鷹通の声に間違いがなかったから。

 あかねは高校に入学して不思議な井戸を通して不思議な世界に召還された。

 龍神の神子と呼ばれてその世界で怨霊や鬼と戦う事を求められた。

 そして龍神の神子を守るために存在すると言う八葉と出会った。八人の男の人達。みんなみんな素敵で格好良くて。

 でも。

 そんな中でも一番あかねの心を惹いたのは不思議と最初から知っていた天真でもなく、詩紋でもなく。他の誰でもなく。藤原鷹通、だった。

 優しくて。生真面目で。朴念仁。

 でも、やっぱり誠実で。

 優しい眼差しで見守ってくれている彼の目にいつの間にか囚われていた。

 気付けば、何時だって彼の姿を探し、求めていた。

 結局全てを終えて、あかねは元の世界へ戻る事を願い、龍神はその願いを叶えてくれた。

 だが、一人残される事になった鷹通はそんなあかねの後を追い掛けてきてくれたのだ。

 共に。

 何時までも一緒に、と。

 鷹通がこの世界へと来てから数ヶ月。大分鷹通も慣れてきたようで。

 しかも龍神のお陰なのだろう。こっちの世界で鷹通は大学生でちゃんと戸籍も持っていた。アパートもだ。

 大学を奨学生として通っていると言うのが現在の鷹通の姿だった。

 その大学へあかねはやって来ていたのだ。

 あかねの学校は休みだったが、鷹通は土曜でも授業があった。だからあかねが鷹通の授業が終わる頃合いを見て迎えに来たのだった。

 お昼直前。他の生徒達もやはり同じ様にお昼ご飯を食べに散っていく。

 そんな中で、聞こえた鷹通の声。

 探せば開かれた窓の向こう側。教室の中で鞄の中へと本を仕舞っている鷹通を見つけて、あかねの顔に笑顔が浮かび掛ける。

 でも。

「ねぇ、藤原君はこれから時間あいてる?」

 綺麗な女性が鷹通に話しかけていた。それは先程、鷹通の名を呼びかけた声の持ち主に違いなかった。

 綺麗なストレートのロングヘアー。今時珍しいくらい綺麗な黒髪であかねは羨ましいと思った。

 それに鷹通と並んでいて遜色ない程整った顔立ち。これもまた今風の可愛いとかではなく、昔ながらの日本美人と言う言葉を彷彿とさせるような。そして、二人が揃って立っていると、落ち着きあるしっとりとしたカップルに見えた。

 ギュッとあかねは唇を噛み締めた。

「はぁ…時間、ですか?」

「そう。お昼ご飯どうかな、と思って。今度一緒にレポート作成するじゃない。出来れば色々と話とかしておきたいし」

「ああ…そうですね。今度ちゃんと打ち合わせをしなければいけませんね」

「ふふっ…」

 おかしそうに女性は笑った。でも、嫌味な笑い方じゃない。凄く魅力的。

「?どうかしましたか?」

 そんな女性に気付いているのかいないのか、鷹通は不思議そうに首を傾げただけだった。

「ううん。ほんと。藤原君って不思議。今時の若者じゃないって言うか…なんか落ち着いてて大人だなぁ〜って」

「……」

 鷹通の表情が少し曇って、話しかけていた女性は慌てたようだった。

「あ!別に更けて見えるとかそう言う意味じゃないのよ!昔の若い人達ってこんな感じかな、って。古風って言うのかな。またそれが凄く藤原君らしくて自然でいいなって」

 分かる?と少し不安げに上目遣いで女性は鷹通を見つめて。

 鷹通はわかりますよと言わんばかりに口元に苦笑を浮かべて頷いた。

「良かった!あ、ああ。それでお昼はどう?」

「済みません。これから予定があるので…来週と言う事で良いですか?」

「あら、残念っ!じゃぁ、来週のお昼と言う事で。約束ね!」

「ええ。分かりました」

 頷きながら教室を出ていこうとする鷹通の後を女性も付いていく。

「あ。そう言えば先日のあれ。どう?もう使った??」

「いえ…まだ」

「そうなの?とったら見せてね」

「…ぁ…その…」

「何よ。私には見せられないって言うの?」

「いえ、そう言う訳ではっ」

「ふふっ…藤原君が何をとるのか凄く興味あるわ〜楽しみっ♪」

「あ、あのですねっ」

 遠ざかっていく会話の中、如何にも照れています、と言う風情の鷹通の声が小さく聞こえる。

 楽しげに語らうそんな二人の後ろ姿をあかねは外から見つめていた。

 窓越しに数メートル離れているだけなのに酷く遠く感じて、ただ黙って見送ることしかできない自分が悲しかった。

 まだ高校生だし。

 鷹通とあかねが並んでもあんな風に絵にならない。何処かちぐはぐなイメージがある。

 きっと落ち着いた雰囲気で大人な鷹通と、子供っぽい言動の多いあかねのギャップのせいだろう。

 前々から気にはしていたのだ。

 もっと大人っぽかったら、って。

 以前、デートでちょっとした屋台でたこ焼きを買った事があった。

 鷹通はこの世界に付いての知識がまだまだ乏しく、元来自分の知らない物事を知る事が好きな鷹通は色々な所へと出掛ける事を楽しみ、尚かつ、凄い勢いで吸収していた。

 その時も偶々駅前にでている屋台を見つけて、あれは何と聞かれたのが切っ掛けだった。

「済みません、一つ下さい」

「はいよ。500円ねっ」

 気っ風のいいおじさんは元気良くあかねにたこ焼きをくれた。

 背後にいる鷹通はそんなあかねを優しく見守っている。流石に気になるのか、時折たこ焼きにもチラチラと視線を向けていたのはご愛敬だ。

「おお、兄妹かなにかかい?仲いいねぇ〜♪」

「…」

「違いますよ。恋人…ですから」

 表情を変えて黙り込んでしまったあかねの手を握りながら鷹通は少し恥ずかしそうに頬を染めながら訂正してくれてたのだ。

 嬉しかった。

 何よりも嬉しかった。

「お。こりゃ済まないっ!お詫びだ…もう一つ持っていってくれっ」

 そう言っておじさんは鷹通にもう一パック渡して、許してくれな、とあかねに笑いかけた。

「ううん。たこ焼き、ありがとうっ」

 元気に首を振ったあかねだったが、本当は泣いてしまいたかった。

 鷹通が恋人だと訂正してくれたのは嬉しかった。

 でも、一緒にいてパッと見、兄妹に見える程ちぐはぐしているのかと思うと情けなく、悲しかった。

 それでも泣く訳にはいかなくてあかねはグッと堪えた。どうしようもない事だから。こんな事を鷹通に言ってもどうにもならない。鷹通を心配させ、悲しませるだけだと分かるから。

 だから…。

 なによ。

 なんで一緒に教室を出ていくのよ。別々で良いじゃない。

 なによ。

 それじゃー来週はあの人とお昼を一緒に食べるの?

 なによ。

 ”あれ”ってなんの事よ。何が楽しみなのよっ!使ったって何?

 なによ、なによ…。

 綺麗な人に言われて。照れちゃって。鷹通さんたらっ!

 なによ、なによ、なによっ!

 分かっていてもムカムカするのを止められなくて。

 突然肩に手を置かれてハッとなると背後を振り返った。

「何よ!」

 キツイ口調で振り向き様言い放てば、驚いて目を見開いた鷹通が立っていた。

「あかね?その…どうしたんです?」

「え?ええ?!鷹通さんっ??」

「声を何度も掛けたのですが全然聞こえていないようだったので…」

「ご、ごめんなさいっっ!!」

 無性に恥ずかしくなってあかねは謝った。

 まるで今の自分の醜さを鷹通に見られた気がした。

 好き、だから。

 本当に大好きだから。

 鷹通に釣り合わない自分が悲しくて、どうにも出来ない現実が悔しくて。

 もどかしさに歯がみしてもやっぱり好きだから。

 だから。

 嫌いにならないで、と縋る様な思いであかねが鷹通に眼差しを向けた時。

「あら…妹さん?」

 ビクリ、とあかねの体が震えた。

「え?いえ、あかねは…」

 言われた言葉を。

 言ったその女性を。

 鷹通と一緒にいた女性を。

 あかねはキッと睨み付けると何かを言いかけた鷹通の言葉を聞く事もなく、背を向けて走り出した。

「あかねっ!」

 背後から聞こえる焦ったような鷹通の声。

 でも、あかねは振り切るように無視してそのままキャンパスを駆け抜けた。



@03.06.14>03.10.19/