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『天の邪鬼なバレンタイン 1』


 女の子も男の子もこの時期になるとそわそわ、ドキドキ、なんだか落ち着かない。寒い時期なのに実は一年の中で一番心が温かく微熱に犯されたような気分になる。

 それがアンジェリークはなんだか気に入らなかった。

 何時だって友達が頬を染めて一生懸命心を込めたチョコを準備しているのを後目にしていた。

「アンジェは誰かにあげないの?」

 当然誰かにあげるんでしょ?と疑いもなく向けてくるその眼差しに、ちょっぴり敗北感を感じながら苦笑した。

「だって別にあげたいと思う人居ないモノ。」

 友人達から何時だって不思議そうに見つめられてきた。何だがあげない、それがおかしい事であるかのように。悪い事のように思わせられてしまう。

 でも、正直アンジェリークには本当に好きだと思える相手が居ない。あげるべき相手が居ない。だからこそ余計に意地になる。

「何よ。みんなして。別にこの日じゃなくったって良いじゃない。チョコの販売元やらお店の戦略に乗ってるだけだわっ」

 そんな風に心の中で一人呟いていたりした。

 聖地で迎える初めての2月。

 この地に雪は降らない。天候までちゃんと管理されてしまっているこの世界にほんの少し、行儀の良すぎるようなそんな感じがしてアンジェリークには実は物足りなく感じていた。

 やはり自然は自然、そのままの方がいい。それこそがあるべき姿だからだ。

 そんな自然体のアンジェリークが何をどう間違えたか、あの。宇宙一のプレイボーイと名高い炎の守護聖オスカーに心を奪われてしまった。

 本人が一番嘘でしょう?!と愕然としていたくらいだった。

 何時だって煌びやかな嘘で飾られた言葉で偽りのひとときを過ごすようなオスカーに最初からアンジェリークは眉をしかめていた。

 何だってあんな無意味な事で楽しいと思えるのか分からなかった。

 本当に好きなら好きで良い。本当に側に居たいと思うなら居ればいい。心からその時間を楽しむ事が出来るのならば楽しめばいい。

 なのに。

 彼はひとときの遊びとでも言うかのように、何処か虚ろな言葉を振りまいては周囲の女性達と一緒の時を過ごしていた。

 そんな彼がアンジェリークには理解出来なかった。

 なのに。

 気に入らないからこそ目に付く。

 気に入らないからこそ気になる。

 気になるからこそ誰よりもその存在を気にしてしまう。

 何時の間にか気付いた事。

 永遠ともとれる時間を生きる守護聖。普通の人とは同じ時間を生きる事を赦されない彼は、まるで決して触れる事の出来ない眩しい物でも見るかのように女性達を見つめる。

 優しい眼差しで彼女たちを眺める。

 プレイボーイと名高いオスカーだが、実際には女性を弄ぶような事はしていなかった。噂が先立ち、そう言った遊びの恋を楽しむ人と周囲に思われている。

 それはきっとその容貌のせいもあったのだろう。すらりとした背の高く、しっかりと鍛え上げられた体躯。身のこなしは軍人らしくきびきびとしていて、しなやかで。だと言うのに何処か華があって優雅だ。

 燃えるような赤い髪に対照的な冬の寒空を連想させるような氷青色の瞳。男らしくきりりとした鋭い眼差しは相手を畏怖させるに十分なものがある。

 だが、その口元を鮮やかに飾るニヒルな笑みと、細められた瞳が柔らかく女性の心のを惹き付けて止まない。

 触れればただでは済まない。分かっているけれど触れてみたくてたまらない。

 そんなまさに炎そのものの存在。

 オスカーが自分から女性にしつこく言い寄って何かをなす事がない、と言う事。

 来るもの拒まず、な様に見えて実はさり気なくきちんと相手の女性の誘いを断る事も多い。当然それと知りながら誘いに乗る事もあるようだが。

 誰彼選ばずではない。

 ちゃんと相手の女性にそれなりの敬意をもって対応している。

 何時も浮ついた華やかさばかりが目に付くけれど。

 そうでない事にも気付いてしまった。

 執務中の彼とプライベートの彼。まるで二重人格のようだと言うが、アンジェリークはそう思っていない。何時だって真摯な姿勢で対応している。

「同じじゃない。」

 そう思った時には彼に心を絡め取られていた。

 なんだかんだ言っても女性関係の華やかなオスカー。

 あんな人を好きになったら後が大変!嫌だわっ!!とか思っても後の祭りで。

 グダグダ悩んでいるウチに試験はすすみ、すっかり仲の良くなったロザリアが女王になった。

 現在アンジェリークは女王補佐官として聖地にいるわけだが、それでも何時だって気になっているのはオスカーのことであった。

 そんな中。

 バレンタインがやってくる。

 アンジェリークにとっては渡したいと思える相手を見つけてからの初めてのバレンタインである。

 思いっきりどうして良いのか分からない。

 何故なら今までチョコを準備した事すらなかったのだから。

 それに。

 今現在も、別にオスカーとは恋人というわけでもなく只の女王補佐官と守護聖でしかない。

 告白するにしてもなんにしても。

 昔思っていた事がアンジェリークの心の奥底にしっかりと根付いている。

『なんでこの日じゃないといけないの?別に何時だって良いじゃない。』

 未だに告白する勇気すら持てないで居るアンジェリークにとってはこのバレンタインは良いチャンスなのだが、なんだかそれに乗じて、と言うのがしゃくだった。

 どうせ言うなら真実自分が告げたいと思った時。自然と言わずにはいられない程想いが溢れた時。

 そして何より。

 相も変わらずフリーであるオスカーの周囲には女性が多く集まっていて、それも又アンジェリークにとっては気に入らない事の一つだった。

 恋人ではない。別にだからそれを責める気はない。

 でも。

 きっとあの大勢の女性達からチョコを貰うのだろう、と思うと腹が立つ。こればかりはどうしようもない。絶対自分はあげるもんか、と思ってしまう。

「はぁ……これじゃ何時になったら告げる事が出来るんだろう。」

 どうしようもない程の自分の意地っ張り加減にアンジェリークはため息を吐いた。

 空は抜けるような青空だ。その白っぽくも透明感ある色にオスカーの瞳の色を重ね合わせてアンジェリークは目を閉じた。

 抱きしめられているかのような気になる。

 でも、そんなのは自分勝手な思いこみだって分かっている。実際にオスカーに抱きしめられたらどんなだろう、と思う。

「うん。いつか必ず言ってやるわ!」

 まるで喧嘩でも吹っ掛けるかのような調子で両手を握りしめるアンジェリークだった。



@02.02.11/