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『愛しき雪をその腕に抱き寄せて』

一人落ち着かない心を抱えて外へ出る。
外は雪がちらちらと降りつづけている・・・
龍麻・・・自分は幸せだった・・・彼を裏切っておきながら・・・その約束こそが自分を支えてくれていたから。たとえ龍麻に逢えなくても我慢できた。
だが・・・彼は。そう、龍麻は違ったのだ。
自分をずっと追い続けて・・・憎み続けてきたのだろうか?
あの優しい龍麻が・・・?
今まで以上の罪悪感に苛まれるまま雪の中立ちつくす。

「紅葉・・・」
声が聞こえた・・・呟きとも囁きとも取れる声。
幻聴かと思い目を閉じる。
想いを抑えて腕を雪に向けて広げる。雪を抱き締めるように・・・雪に抱き締められるように・・・
「紅葉。」
もう一度聞こえた。目を閉じたまま答える。
「龍麻・・・」
愛しい人。全ての想いを込めた呟き・・・だが・・・
後ろから自分を抱き締める腕に気がついて驚く。
気配を感じることすらなかった・・・まるで雪に同化しているかのように分からなかった。
慌てて後ろを振り向けば自分にしがみつくように・・・いや。
空に向けて手を伸ばしていた自分をこそ抱き締めるように・・・龍麻がそこにいた。
「・・・・・・龍・・麻・・・?」
「紅葉・・・やっと・・・やっと逢えた。」
切なげにその唇から呟かれた言葉が胸に痛い。
その目に涙を滲ませている。以前とあまり変わらぬ姿・・・いや、少しばかり線が細くなったようだが・・・優しく暖かい光を宿した瞳が昔のまま自分を見つめている。
言葉が出ない。
長い間離れていた刻が一気に巻き戻されたかのように昔のまま・・・二人は見つめ合う。
「ど・・うして?どうして・・・龍麻が・・・此処にいるんだい?」
「・・・いや・・・なのか?俺が側にいるのは・・・嫌か?」
哀しげに瞳を曇らせる龍麻に思わず弁解する。
「いや、そう言うわけじゃなくて・・・僕は君を裏切った・・・君を一人置いて・・・日本を離れた。君は・・・僕を許さないだろう?」
「・・・・・・」
何も答えない龍麻にそのまま話し続ける。
「君は僕を憎んできたんだろう?だから追いかけてきた・・・そうなのかい?それなら・・・君になら・・・僕は・・・」
パァン!!
小気味いい音が静かな夜に響く。
壬生はうたれた自分の頬がじんじんしている事でやっと自分は叩かれたことに気づいた。
「バカ!ほんっとに!もうっっ!!!何でそうなるんだ?何で俺がお前を憎むんだ?そりゃ恨んだよ。何で置いていったんだって。それでも、たとえそうであっても!俺はお前が好きで!・・・・・・・・・恨んでも憎んだりしなかった。そうできたならどれ程楽だったろう!」
涙をぽろぽろと零しながら龍麻は心張り裂けんばかりに悲痛な想いを叫び続ける。
「追いかけたよ!お前をっ。当然だろう?お前を取り戻すためなら俺は何でもやる。そうしなければお前を手に入れられないと言うなら何でもやる!お前がいなければ生きている意味がないんだから!!紅葉は・・・俺がいない方がいいか?嫌いか?ほ、他に誰かいるのか?」
「龍麻・・・」
「どうして・・・紅葉は俺の気持ちを分かってくれないんだろうな・・・いつまで経っても俺の想いを理解してくれない。お前・・・信じてないだろ?俺のこと・・・」
静かに涙を零しながら全ての感情を忘れてしまったかのように淡々としゃべる龍麻に言葉も出ない。
「俺の想いは・・・お前の想いと違うって、勝手に思って。そう信じて。俺のためとか言いながら、お前は・・・俺の前から姿を消したんだろう?また・・・お前は逃げるのか?俺を置いて?俺の想いも気持ちも分かろうともせず自分一人で勝手に思いこんで?」
「龍麻・・・」
思わず腕が龍麻を抱き締める。その腕に収めて随分と細く感じる龍麻の体にギュッと力を込める。
「俺は紅葉を愛してる。他の誰でもない壬生紅葉を。だから寂しかった、苦しかった。でも・・・お前はそんな俺の気持ちを知りもしないで勝手に俺の想いは"友情"だと決め込んで・・・違うか?なぁ・・・紅葉。違ってるか??」
「龍麻・・・済まない・・・」
抱き締める腕にグッと力を込める。
「僕は・・・所詮僕の想いと君の想いは違うのだと思っていた。"一緒に生きていこう"と言う言葉。アレは友人としてだと思っていた。こんな思いを抱えて君と一緒にいれるわけがなかった。もし、たとえ同じ想いだとしても、僕なんかが君を穢すのが嫌だった。」
「紅葉は・・・相変わらず自分が嫌いなの?"僕なんかが"ってなんだよ。何でそんなに自分を卑下してるんだよ。紅葉は紅葉だ。俺の大好きな人だ。自分が信じられないなら、俺を信じろよ!俺の好きな奴はいい奴なんだよ!なぁ、俺の想いも、俺のことも、俺の好きな奴のことも、何もかも信じてよ・・・」
「龍麻・・・僕は・・・信じるのが怖い・・・喪うのが怖いんだ・・・」
今まで何一つ本当に欲しかったモノは手に入らなかった。優しい家族のひとときも。学校での穏やかで平凡な生活も。普通に生きて普通に生活する幸せも。なにもかも・・・・・・!!
だからこそ・・・臆病になった。
「俺は一度お前を喪った・・・これ以上怖いモノなんか無い。お前が・・・コレでも嫌だというなら。俺を置いてどこかへ行くというなら・・・俺を殺してから・・・行け。」
その言葉に龍麻の瞳を凝視する。
真実の瞳。昔と変わらず真っ直ぐに自分を射抜く、漆黒の美しい程光を宿した瞳。
本気だ・・・
そう感じた。
此処で本気か?と聞けば龍麻はまた自分を信じてくれないんだなと言ってそのまま消えてしまいそうだった。
「嫌だ。君を・・・殺すぐらいなら・・・喪うぐらいなら・・・一緒に・・・共に闇に堕ちてでも離さないっ。」
本当は欲しくて欲しくてたまらなかった。
龍麻と言う存在、その魂。その体の一部でさえも全てを自分のモノにしてしまいたいほどに愛している。
「龍麻・・・君を愛してる。何があっても君を離さない・・・君が嫌だと言っても・・・それでも君は後悔しないかい?」
「後悔なんかするはずがない。紅葉・・・信じてくれるの?」
「信じる。いや、信じると言うより・・・無理矢理でも君の想いを僕に向けてみせる!」
一転して強気な言葉を出す紅葉に龍麻はクスクス笑いながらもその喜びに浸る。
「これ以上紅葉の方に向けるなんて無理だよ。もう・・・全てが紅葉に向かってるんだから・・・」
そう言って自分の胸に顔を埋める龍麻をギュッと抱き締めてその耳元で囁く。
「愛してる。いままで・・・すまない・・・」
心からの謝罪に龍麻は打ち震えるほどの喜びでもって壬生に抱きついた。

10年・・・長かった・・・本当の龍麻を見つけるのにこんなに時間が掛かってしまった。
申し訳ない想いとどうしようもなく溢れる愛しい想いに胸が苦しい。
「紅葉・・・やっと捕まえた。もう・・・離さない・・・」
「龍麻・・・離さないよ。今度は僕のことを信じて貰う番だ・・・」
「信じるよ。決まってるじゃないか。」
あっさりと信じると言った龍麻の強さに、自分の精神の脆弱さを痛感する。
「もっと強くなるよ。君を護るために、君と共に生きるために。信じる強い心を・・・持ち続けるために!」

愛しい人をその腕に抱き締めて壬生はもう逃れようもなく龍麻に捕まっていることに気づいていた。
「逃がさないよ・・・」

真実捕まったのは・・・どちらだろうか・・・

・*・*・*・*・-

朝の柔らかい陽射しの中、一人佇み外を見つめる壬生の姿を見つけた。まだ7時前だ。随分と早い時間から何をしているのやら。
そう思いながら声を掛ける。
「よお・・・壬生。随分と朝早くからどうしたんだ?」
「塔屋か・・・お前の・・・就任式だ。仕方ないだろう・・・?」
振り向いた壬生の雰囲気が今までと大分違う。
表情が軟らかい・・・今までの堅い表情が嘘のように・・・うっすらと微笑んでいるその様子が何とも幸せそうに輝く。
初めての壬生に少しばかり戸惑いながらも、こっちまでどこか嬉しくて表情がゆるむ。
随分と幸せ一杯・・・という感じで思わず聞かずにいられない・・・でばがめか?俺もヤキがまわったよなー。そんなことを思いながら答える。
「仕方ない?全く・・・相変わらず可愛くないよなぁ。・・・・・・ああ、まぁいいや。そんなことより・・・俺からのプレゼント受け取ってくれたか?」
「・・・・・・何のことだ?」
少し首を傾げた壬生の垂らしていた髪がさらりと左肩の所で揺れる。
「昨日・・・会っただろう?やっと・・・会いたくても会えなかった奴と・・・逢えただろう?」
「・・・・・・・・・・・・お前か・・・彼を呼んだのは・・・」
「確かに電話で呼び出したのは俺だが・・・まぁ、館長・・・おっと、鳴瀧さんも一緒だ。元々彼はお前の居所を既に知っていたんだからな。」
僅かに目を見開くようにして言葉を紡ぐ壬生に向かってにっこりと笑う。
「・・・・・・」
ちょっと顔を顰めている壬生に塔屋は問いかけた。
「なんだよ。余計なお世話だったか?・・・まー・・・アレはお前へのプレゼントだか、コレまで頑張ったあいつへのプレゼントだか分かんないけどな。」
「・・・一応・・・礼を言っておく・・・ありがとう・・・」
「・・・やけに素直だな・・・なんか調子狂うな。」
「・・・・・・・・・」
何時もとあまりにも変わりのない塔屋の様子に壬生はいくらかの疑問を持っているのだろう。自分と龍麻の事を・・・どれ程鳴瀧から聞いているのだろうか、と・・・。塔屋の瞳を見つめながら真実を探している。
「・・・なんだよ。まーたなんか考えてるのか?」
壬生の考えを読んだ上で、何時も通りの余裕のある笑みを浮かべて塔屋はあっさりという。
「ま。いいんじゃねぇーの?俺はあんまり気にしないし。元々お前がノーマルだってぇーのは知ってるしな。俺に害があるわけじゃなし。」
あっさりと言い放った塔屋の言葉に壬生は目を細める。
「塔屋・・・」
何となく・・・気づいてはいたのだ。あれほどまでに追いかける想い。ソレが憎しみでなければ・・・残りは一つしか考えられなかったから。
ちょっと信じられないが、まーそう言うこともあるんだろうと妙に納得した。
あの二人が一緒にいる姿を見ればもっと納得できるような気がした。何時だったか、壬生と緋勇二人が一緒に戦う姿を見てみたいと思った。綺麗だろうと・・・
二人はきっと一緒にいて・・・ソレでやっと一人だ。
理屈じゃなく何となくそう感じて。だから、壬生と緋勇二人の関係に対しても特にどうという感慨も無かった。
只・・・あの二人が一緒にいるのが酷く自然なことに感じられただけだ。
だから・・・自分は素直に行動した。ソレが自然なら・・・今の状態が不自然なら・・・正しい状態に戻せばいい。
「まあ。それだけ幸せそうな顔されちゃー俺も文句なんて言えやしないしな。というか、最初から言う気なんか無いけどさ。お前がお前らしく・・・いてくれた方が俺としても都合がいいんでね。仕事さえ頑張ってくれれば副館長として不満は無い訳よ。」
ふてぶてしく憎ったらしい余裕の笑みを浮かべた塔屋に壬生はあきらめの表情を見せた。
「・・・・・・お前に迷惑は掛けないよ。」
「もう既に掛けてるって。」
あっさりと塔屋は即答して笑う。
納得行かないのか釈然としない表情の壬生を見つめて塔屋は、何やら旦那を尻に轢いてる女房の気分ってこんな感じか?と変なことを考えて笑みを深くする。
表情は砕けたままだが、瞳に真剣な光を宿して言う。
「・・・壬生館長。これから長いつきあいだ。宜しくな。」
だからこそ、知っておきたかったし、ハッキリとさせておきたかった。副館長としてこれからずっと壬生を支えていくことになるのだから・・・
「なんだか、言いようにされているな・・・だが・・・副館長。これから宜しく頼む。」
ニヤリと笑って壬生も塔屋に言う。
「了解っ。」
そう答えて塔屋は相好を崩す。
「じゃ、俺は色々準備があるんでもう行くよ。またな。」
「ああ・・・後でな。」
壬生の顔をもう一度見つめて、塔屋は満足そうに一つ頷くと壬生に背を向けた。
お節介だよなー俺も・・・
そう苦笑しながら、それでもあんな壬生を見れて嬉しく思っている辺り、もう駄目かも・・・とこれからの自分の苦労を予想していた。
そしてその予想は・・・壬生本人ではなくその、恋人によって裏切られることなく現実となるのだが、ソレについて後悔するのはまだ先のことである。

・*・*・*・*・

部屋に戻ると龍麻が起きていた。
「紅葉・・・あいつ・・・副館長になるのか?」
どうやら近くで二人の話を聞いていたらしい。
「お早う。」
短く答えて龍麻を抱き寄せて軽くキスをする。
「あ、お、お早う。」
顔を真っ赤にしている龍麻を愛おしく見つめる。
「そうだが・・・気になるのかい?」
「・・・だって・・・あいつこの10年ほど紅葉とずっと一緒にいたんだろ?すっげーずるい。しかも随分と仲良さそうだし・・・」
ぷくっと頬を膨らませて、どうやら塔屋に嫉妬しているらしい、自分の恋いこがれた愛しい恋人に苦笑して再び口付ける。
「馬鹿だね・・・龍麻は・・・。僕には君だけなのに・・・信じてくれないの?」
昨日の龍麻の言葉を返すように悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「だ、だって!俺の知らない紅葉との時間をあいつは10年ももっているんだぞ!うっ・・・考えれば考える程許せないー!!それに!紅葉あいつのこと信頼してるだろ!なんだかんだ言って・・・彼奴のこと・・・認めてるだろっ」
顔を真っ赤にして可愛いことを言い続ける龍麻に紅葉はどうして良いのやら分からなくて只龍麻を抱き締める。
「それでも・・・塔屋は塔屋で・・・君以上の存在にはなり得ない・・・違うかい?」
「むっ!当たり前だっ!!そんなの許さないからね!」
もう既に独占欲むき出しにしている龍麻が可愛らしくてどうしようもない。
「君だけだよ・・・たとえこの10年、君と離れていても想うのは君だけだったからね。」
そう言って龍麻に深く口付ける。
そのまま彼の体を抱き締めて、やけに軽くなった彼の体を抱き上げる。
「うわっ。く、紅葉?」
当惑する龍麻ににこりと微笑みながら壬生は彼を寝室へと連れて行く。
「龍麻が・・・あまりにも可愛いこと連発してくれるから・・・ね。」
色っぽく流し目で見つめられて龍麻は顔を俯かせて「そ、そんなんじゃないモンっ」と口先で言う。
「そう?」
軽く流して壬生はそのまま龍麻をベッドに沈める。
何だかんだ言いながらも龍麻の腕が壬生の背に回り、自分から壬生にキスをする。
壬生は龍麻の舌を絡め取るようにして強く、深く貪る。
そのまま首筋を伝い胸元の釦を外して舌を這わせる。
「間に合うの?・・・んっ・・今日彼奴の就っ任式・・・なんだろぉっ・・・」
壬生のもたらす快感に甘い吐息を零しながら龍麻が壬生に聞く。
「・・・大丈夫だよ・・・式は・・・午後からだから・・・時間は十分に在る・・・」
龍麻の体のあちこちにキスを落としながら壬生は答える。
「彼奴が副館長で良かったよ・・・ぁあっん・・・」
「・・・どうして?」
「俺のことを認めて・・くれるようだからさ。」
「お陰で彼奴に頭が上がらないな。」
クスリと笑って壬生は龍麻と視線を絡める。そして二人引き寄せられるようにして深く口付ける。
二人の体がベッドに深く沈み込んでいく。
やはり恋人になったばかりの朝は甘く、熱いようだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・end.