『雪は降り続ける』
今日は朝から雪が降り続けていた。
暗い闇夜に白く美しい雪が降る。
厚くたれ込めた雲がうっすらと白く浮かび上がる。
雪明かりに照らし出される・・・
雪・・・
「館長。どうかなさいましたか?」
自分の後を静かに歩いて付いてくる少年が白い息を散らしながら問いかける。
「いや・・・雪が・・・綺麗だと、思ってね。」
「雪・・・ですか?・・・お好きなんですか?」
「君は嫌いかい?」
「僕は・・・面倒です。」
「・・・ふっ。・・・面倒・・・か。」
冷たい斬りつけるような風が吹く。
「確かに面倒だが、私は・・・一番・・・・・・好きだ・・・」
ふわりと一瞬風がその身を留める。
言葉に宿る想いが深く響く。
「・・・・・・」
少年は、ただ独り言のように呟く館長の言葉に応えるべきかどうか悩んで、言葉に詰まる。
「・・・行こう。」
「・・・はい。壬生館長・・・」
「これで解散だ。後は処理班に任せよう・・・行け・・・」
自分の小さい声に答えて全てのモノがふっとその姿を闇の中に消していく。
最後に一人周囲を確認して自分も又闇の中へ姿を消す。
道を歩いているとふわりと視界に舞い降りるモノに気付く。
雪・・・
この東京という街にも雪が降るのだ・・・と、妙に感動した。
―――東京。罪に汚れた者達の住まう街。
夜の闇の中でこそ真実の姿をさらす街。
こんな街にも、純白の雪が降る。
妙な感じだ。懐かしい・・・
ふとその理由に思い当たった。
雪・・・
白く美しくどんなに罪に汚れたものですら美しく浄化してしまうかのように覆い包み込む優しさと強さ。
闇の中で淡い光を放つ不思議なそれ。
ああ、似ている・・・
そう思い闇の中から次々とその姿を現しては降り続ける雪を見上げる。
胸が苦しくなる。
腕を広げて穢れた自分を雪に曝して、抱きしめるように・・・抱きしめられるようにその場に佇む。
この、罪で穢れた魂を昇華してくれと胸の内で叫ぶ。
叶うはずのない願い。
全てを埋め尽くすほどの勢いが東京の雪に有るはずもない。
腕を降ろして鈍く光る雲を見つめる。
雪が積もる。うっすらと・・・
静かにこの町をその白い輝きで埋め尽くして・・・
たとえそれが一時の事であっても、この町は浄化されたかのように美しく輝く。
まるで彼そのものだ。
この東京にやってきた清浄なる人。
強く優しく、穏やかで激しく。
この町を護りきった愛しき存在。
いっとき、この町は全てから開放された。
光り輝くその氣が覆い、全てが浄化され満たされた。
それは一瞬。朝の光の中で淡く消えていった。
罪に穢れた自分ですらも彼は受け止めた。
信じられないほど柔軟な彼の魂は、全てを受け入れることの出来る黄龍の器だからか・・・
否。
そんなことで説明が出来るはずがない。
そう、彼だから・・・
器とかなんとか、そんなのに関係なく彼の魂が何よりもつよかった・・・
共にいた時間は短い。
しかし、今までの中で確実に一番美しい刻だった。
傍らに微笑む彼がいたから・・・
たとえ彼が自分を受け入れてくれたとしても、自分はそれを受け入れることが出来なかった。
雪が、儚くも消え去るように・・・
美しかった雪は、その街の穢れすらも受け止め、その身を消していく。
全てを受け止め、その身を朽ち果てさせていく・・・
朝の光の中でその姿を変えていく
嫌だった。
それだけは・・・彼を、自分の全てを掛けてでも護りたい彼だけはっ・・・
失うことなど出来るはずもない・・・
これ以上自分自身の穢れで、彼の存在を脅かしたくはなかった。
桜の舞い散る卒業式の日、彼と話をした。
共にいたいと・・・
こんな自分は初めてだと・・・
自分の全てをさらけ出して・・・
―――これが最後と心に決めて。
彼は微笑む。僕の全てを受け入れて微笑む。
柔らかく・・・
共にいたいという自分の言葉を喜んでくれた。
「ずっと・・・共にいよう。」
彼の言葉。
それをもらえただけで、それで良かった。
「有り難う・・・」
最後のありったけの想いを込めて呟く。
彼は照れくさそうに笑っている。
桜が舞い散る。
白く淡く彼の廻りを・・・自分の廻りを・・・全てから切り離された<雪>の舞い散る世界。
君との・・・最後の時間。
決して実ることのない想い。
決して叶うことのない願い。
決して護られることのない約束。
君との約束。
僕は護らない。
最初から胸に決めていたこと。
それでも、君から貰った約束は僕に残る・・・何時までも・・・
――――――何時までも・・・
雪を見て、思い出す。
昔のことを・・・
光り輝く思い出を。
そして、約束を・・・・・・
いつか自分はこの雪の中で解放されるのだろうか・・・
それは酷く幸せなことに感じられた。
『・・・共にいよう・・・』
最初から破られる為に成された約束。
今も自分の胸に残る。
――――――愛しい。
愛しい桜の花びらの如き雪が今もまだ降り積もる。
君の最後の微笑みと言葉と共に・・・
――――――――――――――――――――――――――――――The End...