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『外伝01−願い』


東京に戻ってきて。そっと拳武館の校門をくぐる。
はらりと・・・視界を横切るのは薄紅色の欠片。櫻の花弁達・・・

立ち止まって。手を差し出せば・・・ふわりと掌から零れ落ちるように。逃げるように櫻の花弁は舞い落ちる。決して自分の掌に収まらない櫻の花弁・・・
壬生は苦い笑みを浮かべるとそっと・・・俯いた。
自分の掌は血で汚れているから。
櫻の花弁に触れる資格など有りはしないのだろう・・・

だから・・・
これでいい・・・・・・・

ぎゅっと掌を握りしめて。
二度と逢えないだろう桜の事を心の奥底にそっとしまい込む。
足下を風に流される薄紅色の波に目を細めてじっと見つめる。
美しく自分の全てを絡め取るようにして流れゆくその波に。
逆らうように一歩踏み出す。

「前へ・・・」

そう、彼女は前を向いていた。ならば。せめて道が交わることがないならば。
―――同じ前を向こう。
彼女との出逢いを大切にしたいから。一瞬の物であったけれど。大切な瞬間であったから。
抱き締めるように。
思い出を。

「桜・・・」

掌から力を抜いて。そのままズボンのポケットに手を入れる。
顔を上げて真っ直ぐに前を見据える。

―――拳武館―――

おそらくは自分の一生を縛り付けるその存在。だが、これが自分の選んだ道。ならば後悔はするまい。

真っ直ぐな瞳を校舎に向けて背筋を伸ばして。
迷いのない歩みで前へ進む。たとへソレが血にまみれた道であろうとも。

「桜・・・君も・・・」

自分は負けない。だから。だから桜、君も。
いや君ならば・・・
桜ならばきっと強い意志で前へ進むことが出来るだろう。必ず・・・。

壬生が校舎の中へと姿を消す。
薄紅色の櫻の雨。
ひらりひらりと降り続ける。

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