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『闇桜―陽―』


櫻・・・櫻・・・薄淡い花弁が月夜にヒラヒラと・・・

櫻、櫻・・・

淡い色はいつの間にか紅く染まる

ヒラヒラ・・・ヒラヒラ・・・と舞い落ちる

櫻の木は人の血を啜って美しい華を咲かせるという・・・

チラリ、チラリ・・・風に舞う・・・

 

去年紅葉と共に見た櫻。
今は一人・・・穏やかな月光のなか、風に揺れる花弁を見上げる。
周囲一面薄紅色の・・・櫻の宴。
トロトロと歩きながら櫻に心を奪われる。
ふと気付いた一本の櫻
ザワリと魂が振るえた・・・
周囲の薄紅色の櫻の中に・・・まるで紅梅のように色付いた美しい櫻の木。
引き寄せられるように側による。
美しき櫻の華が目の前に溢れんばかりに咲き誇る。低い木の幹から櫻の枝は周囲に伸び、頭上を覆う華はその隙間からの注ぐ月光に彩られて桜色の霞の如き美しさで淡く浮かび上がる。
目の前で美しく風に揺れる櫻に目を奪われる。

はらり、はらり・・・と紅い欠片が舞い散る。

まるで血を吸ったかのように美しく夜目にも色鮮やかな紅。
サワサワと風に揺れるその枝に美しき華が咲く。
そうっと目の前の桜の枝に触れようとして、手を伸ばす。
触れるその瞬間・・・
『君はだれ?』
ふわりと自分を包み込むように囁かれた言葉。
「え?」
『君は・・・何故僕が見えるの?』
「見える?」
意味が分からない・・・
自分の廻りには誰もいない。
ただ、櫻がハラハラと降りつづけるだけ。
視線を元の櫻の木に戻す。
ザワリと木の枝が動いたような気がして・・・一歩後ずさる。
『僕が見えるの?・・・そんなに美しい光を放っているのに・・・君は・・・・・・僕が見える・・・』
「・・・櫻?」
『僕?』

さわさわさわさわ・・・・・・・
風が吹き抜ける。

ちらり、ちらり視界を美しく彩る花弁の姿。
『僕は・・・この地に染み込んだ“血”を・・・糧に華を咲かせる。誰にも姿を見られることのない・・・櫻。』
「染み込んだ・・・血・・・」
『多くの人の哀しみ、苦しみ、寂しさ・・・全てを包み込んで僕が華を咲かせる。』
「鬼・・・なのか・・・?」
『違う。僕は・・・櫻・・・・・・哀しき闇の中の魂を抱えて華を咲かせる・・・闇桜・・・』
「闇桜・・・」
『何故君には見えるの?誰にも見られることは無かったのに・・・何故?なぜ、なぜ、なぜ・・・?」
「分からない・・・」

ふわりふわりまるで愛しむように華が咲く。

ひらりと一枚の花弁が頬を柔らかく触れていく。
『君は・・・闇を知っている。寂しさを、悲しさを・・・闇を抱えて尚美しく光り輝く人・・・君こそが・・・・・・』
「・・・」
風が強く吹き抜けて枝が揺れる。風に舞い散る花弁は雪の様で、目の前で一瞬紅い欠片がふわりと広がった様に見える。
ソレはまるで自分の前に紅き掌を差し出されたようだ。
ふっと頭を過ぎったのは・・・自らの“罪”を知りながらも、己の護るものの為に“罪”を犯し続けている愛しい人。
寂しい眼差しをする人。
自分の手は血塗られているのだと・・・己の掌をきつく握りしめる人。
そうっと眼前の紅き華に手を差し伸べる。
「どうしてそんなに哀しそうなの?」
『僕は・・・何時の間に闇桜になったんだろう・・・僕は・・・ただ・・・この“哀しい想い”を華にしてあげたかっただけなんだ・・・』
「・・・」
『僕は・・・何時の間に闇に落ちたの?ねぇ・・・君なら僕を・・・解放してくれる?』
「僕に出来るかな・・・」
『君にしかできない・・・闇を知っている人。闇を抱えて尚強い人。闇すらも愛することの出来る・・・君にしか・・・』
「君はそれでいいの?」
『もう・・・永く・・・永いことずっとこの地を見つめてきた。このまま見つめ続けていきたい。でも・・・僕はもう限界なんだ・・・こんな風に華を咲かせるだけではこの地の想いは昇華されない・・・』

ひらひら・・ひらひらひらひら・・・

闇の中哀しげな花弁が舞い落ちる。
『僕が抱えていってあげる・・・』
「でも・・・」
『僕はどっちにしてももう駄目なんだ・・・僕は人の目に見えない。でも、此処に在る。見えないが故に・・・“人”は僕の根を切り刻んでしまった・・・』
「・・・・・・」
哀しき想いを抱えた龍麻を慰めるように一段と舞い散る欠片が美しく輝く。
『だから・・・お願い・・・光と闇を抱えた人・・・僕を・・・解放して・・・』

 

チラチラ、チラチラ・・・チラチラ・・・
先程までの鮮やかな色を纏った華の舞は最後の一振り。
これで最後・・・二度と舞い落ちることはない・・・
消えていく哀しき櫻に涙を一滴零す。
寂しくて・・・
まるで愛しい人も同じように逝ってしまいそうで・・・ふと自分の体に着いた花弁に気がつく。
紅い・・・まるで人の血の色をした花弁。
他にはもう何処にも残っていない・・決して降り積もることのない花弁。
「龍麻?」
急に話しかけられてビクリ、と体を震わせる。
「遅くなって済まない・・・どうしたんだい?」
壬生は龍麻に近づくとまだわずかに残る涙に口づける。
「くれっ・・・」
そのまま壬生に抱きついて・・・ぎゅっとその体にしがみついた。
消えないように・・・なくさないように・・・
壬生も同じように龍麻を抱く腕に力を込める。
龍麻の顔を上げさせるとふわりと軽い口づけをした。
そのまま哀しい程美しく微笑む壬生に先程の櫻が重なる。
涙が・・・零れて止まらない・・・
「どうしたんだい・・・泣き虫だね・・・」
そう言うと壬生は龍麻の体に着いていた一枚の紅い花弁を手に取った。

細く長い指が小さい一枚の欠片を持つ。
「綺麗な・・・花弁だね・・・でも・・・・・・・・・やけに紅い・・・」
そう言って壬生はその花弁を口に含んだ。
「紅葉っっ」
何故かあの櫻と同じように壬生がいつか消えてしまうような気がしてとっさに叫んだ。
「いやだっっやだっっ!出してっ出しっっ・・・・」
いかないでっっっっ!!
そのまま声に詰まって只壬生の服をぎゅっと握りしめる。
「龍麻・・・」
壬生は龍麻を呼んで上を向かせるとそのまま深く口づけた・・・
熱く強い想いで・・・
離れていく熱い唇に寂しさを感じながらも龍麻はそうっと自分の口に手をやった。
「一緒だね・・・」
にこりと壬生が笑う。
「紅葉・・・一緒・・・・・・うん・・・何処までも・・・一緒だ・・・」
先程のキスで口渡しされた紅い花弁の一欠片。
コクンと飲み下して龍麻も微笑む。

ふわりっふわりっ

美しく淡い花弁が二人を覆い隠すように舞い踊る。
月の儚い光が櫻の華を妖しく彩る。
それでも・・・薄紅色の汚れを知らぬ櫻の花弁・・・
ひらり、ひらりと二人を護るようにただ・・・・・・・舞い落ちる

 

ひらひら、ひらひら・・・

櫻・・・櫻・・・・・・

最後の紅い一欠片が・・・龍麻の体から滑るようにして落ちて・・・消えた―――

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・end.