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『こげぱん、誕生?』

 

何時もと同じ様に作って、何時もと同じ様に出来上がる筈だった。

今日のこれは特別。
なんと、御所へと献上され、今上帝の元へと届けられるものだったのだから。

だから、慎重に慎重に、慎重に手を掛けて作った。
そのはずだったのに。

「な、何故だ〜っっっっ!」

出来上がったそれを見て、職人は愕然とした。
依頼人であった内大臣は最早白目をむいている。

「殿様。そろそろご準備をなさらないと…」
「ひぃい〜〜〜〜〜〜〜〜…………」

そんな所に、処刑執行を告げる鐘の如き女房の言葉に、ムンクがその場に二人、確かに居たのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

ジリジリとした緊張感に瑠璃は首を傾げた。
瑠璃は鷹男の帝と想いを通わせ、女御として入内し、後宮にて一の寵姫として今をときめいていた。
そんな瑠璃に父親である内大臣忠宗が、珍しいものを持ってくる!と意気揚々と語っていたのは昨日の事だ。
だから瑠璃も鷹男に今日は父である内大臣が珍しいものを持ってくると伝えてあった。
忠宗にそう伝えてくれと言われたからなのだが、それらを思い出しても、こんな緊張感が何故この場に?と瑠璃は不思議でならなかった。
父忠宗は酷く顔色が悪い。
瑠璃が入内してからと言うもの、心配事が尽きないようで、しょっちゅう青白い顔をしていたりもするのだが、最近では(本人の主観としてだが)大人しくしていたし、瑠璃には心当たりもない。
一体どうしたというのか?
「父様?どうしたの?」
「お、お主上は……」
「鷹男?それなら、昨日父様が鷹男にも伝えておいてって言うから、ちゃんと言っておいたわよ?鷹男もそろそろこちらに来ると思うわ。そう言ってたから」
「こ、来られるのか!」
首を絞められた鶏の如き様相で、今にも息絶えそうな蒼白な顔となった。
「何よ。鷹男が来ちゃ不味い事でもあるの?何を隠してるのよ!」
流石に何かあったと分かる。
「あぁああ…おしまいじゃ。もう、わしもおしまいなんじゃ〜っ」
「はいはい。何時ものことじゃない。それでどうしたって言うのよ」
いつもの事と瑠璃がどうでも良さそうに言うと、忠宗はギロリと睨み付けてきた。
「る、瑠璃や!お前はそうやって、ちっっっっっっともわしの苦労を理解しようともせんで!」
一体どう言う気の迷いか、今上帝は本当に娘の瑠璃を寵愛してくれている。しかも瑠璃も今上帝を“鷹男”と呼び、政略的なものではなく本当にお互いを想い合っている。
そんな娘の幸せの為に!と忠宗は色々と気遣っているのだが、大抵は瑠璃や鷹男の言動に吹き飛ばされて、報われない日々を送っている。
今回だって、その一環なのだが、瑠璃は煩いな〜位にしか思っていないのだ。
「だって、そんなの何時ものことじゃない。大丈夫よ」
忠宗が大した事でもないのに大げさに騒ぐのを知っているから瑠璃は気にしていない。
実際、政治的でもない事柄で、家の浮沈に関わるような失敗など、瑠璃には思いつきもしない。
鷹男がそんな事をする訳がない。
瑠璃の言葉に忠宗は縋りついた。
「そうか?そうか??」
「そんな事聞かれても分からないわよ。何があったのかも知らないんだから」

サヤサヤサヤ…。

酷く高貴にして雅な衣擦れの音がして、誰か人が来た事を告げた。
と、瑠璃と忠宗が振り向く前に声が掛けられた。
「女御殿。ご機嫌如何かな?」
「鷹男、もう政務はいいの?」
艶やかで甘い声に、瑠璃は嬉しそうな顔をし、忠宗は平伏して言葉もない。
「えぇ、あなたとの約束ですからね。内大臣、女御より聞いたのだが、今回は何か素敵なものを見せてくれるとか」
「そ…それが……」

カタカタカタ。

忠宗が言い淀んでいると、小さな音がして瑠璃は首を傾げた。
「?何?この音?」
「ん?」
忠宗は顔面を蒼白とさせ、鷹男も不思議そうに首を傾げた。
「どうやら父様が持ってきた蒔絵からみたいね」
「ふむ。何が入っているのかな?」
鷹男がなんの気なしにそれに手を伸ばす。
「あぁあ!」
忠宗が慌てたように手を伸ばすも、一瞬早く鷹男の手が触れ、蓋を開けてしまった。

「え?」
「何、これ?」
「あぁ…」

黒い艶々とした漆塗りの蒔絵の中を見つめて、瑠璃と鷹男の二人は驚いた。
「父様、これは何?」
つんつんと瑠璃が突いてみせれば、動いた。
「えっ?!」
それはまんじゅうみたいな丸く、柔らかいのだが、上の部分が黒く焦げていた。
瑠璃が触れるとポンとその姿が変わった。
パッと見は長い黒髪に小袿を来た雛人形っぽくなった。
「何と珍妙な!一体なんなのだ、内大臣!」
目を輝かせて鷹男ももう一つに触れる。
するとこちらも同じ様にポンとその姿が変わったのだが、こちらは狩衣姿の男雛だ。
「何するんだ、痛いじゃないですか。止めて下さいよ。どうせ私なんて…」
しかも、こちらの男雛は拗ねたように三角座りをしながら、そう言ったのだ。
「え?!しゃ、喋った!!」
「喋るに決まっているじゃない。焦げてると思ってっ」
女雛の方も男雛の直ぐ横に同じ様に座り込んですね始めた。
「い、一体これはなんだ?!」
「も、申し訳ございません!この様なものぉおお!!一体何時の間にぃいい????」
「取り敢えず落ち着きなさい、内大臣。妖しのものと言う風でもないですし」
「うん。なんか、可愛いっ」
「女御も喜んでいますし、取り敢えず説明を」
気絶し掛けていた忠宗は今上帝の冷静な声に何とか我に返る事が出来た。
「は…はぁ…この様なものを持ち込んでしまい、本当に…」
「”この様な”って言った!」
「どうせ、どうせ」
「あぁ、なんか又すね始めたわよ」
「うっ……」
「よい。先に説明を。内大臣」
しょぼくれた忠宗は求められるままに説明を始めた。
「……それは遠い異国の菓子でパンと言うものなのです。私も食した事がありますが大変おいしゅうございました。唐より更に遠い異国のものだそうで、大層珍しい上、とても美味しいので是非今上帝にも、と思い作らせました。が、職人が申すにはこんな風になるはずがないのに、最後の最後で突然焦げてしまったのです」
え?と瑠璃は目をむいた。
「菓子って食べるの?これを?」
「ただ焦げただけなら、味が苦くなりますが食べれるとの事だったので、今回は取り敢えずお見せするだけで、後日ちゃんとしたものを改めてと思っておりました。ですが…」
「なによ、文句あるの」
「そうです。酷い…」
女雛と男雛が文句を言っている。
「…こ、こんな風に形が変わったり、話したりするなど、思いもよらずっっ!」
本来後宮にこの様な面妖なものを持ち込む事など許されるはずもないのだろうが、これはどうだろう?
鷹男と瑠璃はパンとやらをジッと見つめた。
「成る程…本来は単なる食べ物な訳か」
「然様で…」
「でも、動いてるし、喋るわ…」
「三条邸ではその様な事は無かったのですが…」

パンの癖に動くし、喋るし、拗ねるし。

三者三様にパンを見つめた。
「好き…」
女雛パンがトコトコと移動して鷹男の所に来てそう告げた。何やらうっすら頬を赤らめているようにも見える。
何?!と瑠璃が唇の端を引きつらせた時に、今度は男雛パンが瑠璃の所にやって来た。
「私にも可能性はありますか?」
何処かで聞き覚えのあるような!と鷹男がぴくりと片眉を動かした。

そして、そのままパンどもは瑠璃と鷹男から離れなくなった。
瑠璃と鷹男の二人はこのパン達を妙に気に入ったらしく、可愛がり、特に問題もなかったようで、忠宗は胸をなで下ろしたのだった。

 

命名。
女雛パン。こげるり。鷹男が大好きで、元気いっぱいだが、姫らしくないもん、と良く拗ねる。
男雛パン。こげたか。瑠璃が大好きで、直ぐに口説くが、帝なんて、と良く拗ねる。

 

@12.01.15>12.02.12>

 

たま〜に書きたくなるコメディ。え?あれ??コメディ…でいいですよね?
読むのは好きだけれど、書くのは本当に下手っぴさんなので、滅多に書かないのですが…。
拍手用な感じならいけるかなーと。
でも、やっぱり挫折感バリバリ…。コメディーを軽快なテンポでサクサク書かれる方が本当に羨ましいです。
今後、この話を前提とした「こげぱん」達のweb拍手SSを書いていきたいなと思っています。
なので、この話は通常ページに掲載すべきとこちらにUP致しました。
今後、この話はweb拍手からは削除し、拍手ページのSS内容は別のものに変更していきます。
下手なんですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。