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「鷹男、久しぶり。」 藤宮と共に突然後宮を訪れた瑠璃姫は、いつもと変わらずまっすぐな瞳で私を見てそう言った。 ずっとお慕いしていた愛しい姫。 そんな瑠璃姫に逢えたと言うのに、私の心は相変わらず晴れない。 ずっとどんより曇り空のまま。 「鷹男らしくない。」 私らしいとは、一体どういうことなのでしょう? あなたの中の私とは、一体どんな男なのでしょうか?
心にあなたの一滴(ひとしずく) 〜鷹男〜
一年前、私はたった一人の子を亡くした。 その時一緒に、長年連れ添ってきた女御も一人亡くした。 愛していたかと言えば、違う気もするが、私と最も長く連れ添った女御だったから流石に辛かった。 それも全て叔父の帥の宮が仕組んだことかと思うと腸が煮えくりかえった。 あの時は感情のまま彼の弔いも認めず、酷いことをしたかもしれないと、今になって思うこともある。 そんな悲しみでいっぱいの後宮に一筋の灯りが差し込んだ。 それが承香殿の女御の懐妊だった。 男皇子ならば東宮に!と誰もが思い、心躍らせていた。 が、私は皆の気持ちの切り替えの速さについて行けなかった。 東宮が亡くなってまだ数ヶ月も経たないと言うのに、皆そんな簡単に忘れ去ってしまうのか!?と。 だが、せっかく皆明るい話題に笑顔を取り戻しつつあるのに、私一人落ちこんでもいられないと、自分を奮い立たせていた。 嬉しそうな女御を見ていると、こうした日常であの忌まわしい事件もいつか忘れていけるかもしれないと思っていた。 なのに―――――― 産み月を間近に控えての流産・・・・・。 それは女御の身体にも大きな影響を与えた。 彼女はもう二度と身籠ることが出来ない身体となってしまったのだ。 女御・・・公子姫は未だに御実家で床に着いたままだと聞いている。 私は、その見舞いに行くことすら許されていない。 そして私は再び大きな喪失感を感じずにはいられなかった。 またもや自分の子を亡くし、連れ添ってきた女御を亡くし・・・・・ あの時と同じことの繰り返しではないか。 そんな私の気持ちも女御の気持ちも考えもせずに、周りの者達は勝手なことばかり言う。 「お世継ぎを御産みできる身体の丈夫な若い女御様をお迎え下さい。」・・・と。 それ以降私の元には、女御入内の申し入れが多々やってきた。 既に公子姫のことなど誰も口にしない。 それどころか、右大臣が末娘の由良姫を入内させたいと言ってきた。 由良姫は公子姫の妹ではないか! あっちが駄目ならこっちみたいな、そんな扱い、どうしても許せなかった。 私は何なのだろう?帝とは何なのだろう? 世継ぎさえ作ればそれでいいのか? 私の気持ちなどどうでもいいのだろうか? そう考えているとどんどん深みに入ってしまい、抜け出せなくなっていた。 誰が何を言ってきても、私は入内を拒み続けた。 その結果、私が帝に相応しくないなどと陰口をたたく者が出てきていることは知っている。 私を帝の座から降ろそうとするのならそれはそれで構わない。 というか、そうして欲しいとすら思ってしまう。 もう今は何もする気力も、考える気力もなくなってしまった。 私が泣いたり笑ったりしたのはいつのことだったろうか・・・・・
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「鷹男、久しぶり。」 藤宮の女房としていつものように此処へ忍びこんできた瑠璃姫。 気を利かせた藤宮が私と瑠璃姫を二人きりにしてくれたが・・・・今の私にはどうしていいかすらわからない。 あんなに恋しかった人なのに。 「瑠璃姫・・・」 言葉にだして姫の名を呼んでみても、その声すら自分の物でないように聞こえる。 ふいに、ふわりと右手が温かくなった。 見ればいつの間に間近に寄ったのか、瑠璃姫が私の右手を両手で包み込むように握っていた。 「ねぇ、鷹男、どうしちゃったの?鷹男らしくないよ?」 以前と変わらないまっすぐな瞳には、熱い情熱が籠っている。 全く変わらない姫が羨ましくもあり、妬ましくもある。 「私らしいとは・・・・どいうことでしょう?」 「どういうことって・・・・・そう言われるとうまく言えないけど。 でも鷹男はいつももっと自信に満ちていたじゃない!」 「自信・・・ですか。」 思わず苦笑いをしてしまう。 私が自信に満ちていたことなどあるだろうか? あるとするならば・・・・それはあなたの買被りですよ、姫。 「世継ぎを作れない帝など、何の価値もないらしいですよ、姫。」 「どうしてそんなこと言うのよ、鷹男!!」 「東宮があんな亡くなり方をしたと言うのに、承香殿の女御が懐妊した途端皆忘れたように浮かれ、 その女御が流産したと聞けば、女御の体調を気遣う様子もなく、次の世継ぎを産める女御を入内させようと皆画策する。 私は一体なんなのでしょう?世継ぎを作ることだけが帝の仕事なのでしょうか?」 何も言い返せないのか、瑠璃姫はしばらく黙っていた。 「承香殿の女御様のご体調はいかがなの?」 「良くないですね。あの後寝た切り状態で・・・・多分後宮へは戻ってこれないかもしれません。 右大臣家では既にその後を見込んで再び由良姫の入内を考えているようですよ。 流石にその話を聞いた時は頭に血が上りました。」 「そんなにお酷いなんて知らなかったわ・・・。それに由良姫のことも。酷すぎるわ・・・・」 まるで御自分のことのように唇を噛んで俯いている。 やはりあなたは変わっていない。 「結局私は幸せとは縁がないのですね。たった一人の子はあんな風に亡くなり、信頼していた叔父にも裏切られた。 最も私に近かった女御も命すら危うい状態です。 一番愛していた方には情けすらかけていただけませんでしたからね。」 最後の一言は少し嫌味を籠めて言ってみた。 私の気持ちが伝わったのか、ほんのり姫の頬が赤くなった。 「もう嫌なのです。私のせいで誰かが不幸になるのを見たくないのです。」 「でも鷹男、後継ぎを作らないといけないのでしょう?入内を拒否しているって聞いたけど・・・・」 「瑠璃姫、あなたが入内してくださると言うのなら歓迎しますよ。」 そう言って少し驚いた。私にもまだこんな軽口をたたける余裕があったのか・・・と。 高彬の妻である瑠璃姫にこんなこと言っても仕方ないのに。 そして当然想像どおりの答えが返ってくる。 「な、何馬鹿なこと言ってるのよ!あたしは人妻よ!!」 「冗談ですよ。・・・・・とにかく今はそんな気分にはなれないのです。 それで私を帝の座から引きずり降ろそうと言うのなら、それはそれで構わない。」 「そんなのあたしの好きな鷹男じゃないよ!!」 思わず瑠璃姫の言葉に怒りを感じてしまった。 あたしの好きな鷹男なんて言葉を軽々しく使わないで欲しい。あなたの言う好きは私の欲しい好きではないのだから。 「じゃああなたの好きな私とはどんな私だと言うのです!?そもそもあなたの言う好きとはどんな好きなのです!?」 「どんな好きかなんて・・・そんなのわかんないよ!でも・・・でも・・・・・ あたしの好きな鷹男はいつでも前向きで、馬鹿がつくくらい自信過剰で、それでいて思いやりのある素敵な男よ!」 瑠璃姫は顔を赤らめているけれど・・・・・ 前向きで、自信過剰で、思いやりのある素敵な男? 私はそんな男だったろうか? 「そんな私は・・・もう消えてしまいましたよ。」 なんとなくぽつりと呟いた。 瑠璃姫に聞こえたのだろうか?じっと考え込んでいた姫が突然驚くことを口にした。 「鷹男・・・・・実は話しておきたいことがあるの。帥の宮の事件のことで。」 帥の宮事件!? 懐かしいとも思える言葉に思わず惹き込まれて瑠璃姫を見た。 あの時、瑠璃姫が何らかの形であの事件に首を突っ込んでいることは感じていた。 聞いても答えてはくれまいと、諦めていたが。 それに右近少将が火事に巻き込まれたことも不可解だった。 それらの疑問を解決する真相があるというのだろうか? ごくりと唾を飲み込んで慎重な面持ちで話し始めた瑠璃姫。 その話は思いもよらない物で・・・・・ そして不可解だったことの全ての辻褄が合った。 帥の宮と女御は幼き頃から心を通わせていたこと。 東宮がその御二人の子だということ。そのことに二人が心を痛めていたこと。 そして三人とも未だ生きていること。 瑠璃姫はそれらの話をとても丁寧に私に話して聞かせてくれた。
話し終えた後、しばらく沈黙が続いた。何も言えなかった。 どう言えばいいと言うのだろう? 真実は時として残酷だ。 瑠璃姫の言いたいことはわかる。三人とも生きている。だからそんなに落ち込まないで。 そう言うに違いない。 だが、瑠璃姫、今の私はそんな優しい気持ちを持ち合わせていないのです。 「たか・・・・・お・・・・?」 心配そうに瑠璃姫が呟く。 私を見る瑠璃姫の瞳が不安げに揺れている。 「そうですか・・・・皆生きているのですか・・・・・。東宮は私の子ではなかったのですか・・・・・。」 私がそう呟く度に瑠璃姫の瞳が悲しげに揺れる。 その瞳を見ていたくて、もっと自嘲気味な言葉を連ねたくなってしまう。 「それなら尚更今まで私は何をしてきたんでしょうね・・・・・。何も知らずに一人憤っていた私は馬鹿ですね。」 淡々とそう語ると、見る見る姫の瞳が潤んできた。 「鷹男、嫌だよ!そんな鷹男、鷹男じゃないよ!」 そう言っていきなりぎゅっと抱きつかれ、ドキリとした。 「瑠璃姫・・・・?」 抱きついた腕を優しく緩め、頬を伝う滴をそっと指で拭った。 「どうしてあなたが泣くのです?」 何度指で拭っても、姫の頬を伝う涙は止まらない。 「鷹男が泣かないから・・・だからあたしが代わりに泣いてるのよっ!!」 瑠璃姫の驚く台詞に、思わず涙を拭う指を止めた。 瑠璃姫は再びぎゅっと私に抱きつくと、肩に顔を埋めてしまった。 肩に温かい滴がしみ込んでくる。 じわじわと肩を温めるように忍び込んで来るその滴は、やがて私の心にまで届いた。 ふいに目頭が熱くなってきた。 泣きたい?この私が? 東宮が亡くなった時も、承香殿の女御が流産された時も全く湧き上がってこなかった感情が今頃? 私は思わず瑠璃姫の背中に腕を回して、今度はこちらからぎゅっと抱きしめた。 いや、多分顔を見られたくなかったからかもしれない。 姫の肩に顎を乗せ、顔を見られないように横を見て、動けないようにぎゅっと抱きしめた。 瑠璃姫の涙が止まったようだ。 ぽたり・・・・。 私の瞳から何かがこぼれ落ちた。 ぽたり・・・・、ぽたり・・・・。 どんどん溢れては姫の腕にこぼれ落ちていく。 涙など流すのはどれくらいぶりだろう? いや・・・・これまで涙など流したことがあっただろうか? 「たか・・・・お?」 瑠璃姫が何か言いたげに問いかけてきたけれど、何も答えられない。 溢れる涙が止まらないから。 もうばれているのだろうけど、姫に泣いているなどと思われたくない。 帝たる私が泣いているなんて・・・・・ だが何故だろう。 涙を落とす度に、心が軽くなっていく。 ふいにまた肩に温かい滴が落ちてきた。 私の代わりに泣いていると言った姫。でも本当はあなたが泣きたかったのでしょう? もう少し、もう少しだけこのままでいさせてください。 この涙が乾くまでもう少しだけ。 そしたらきっと姫の好きな私に戻れるはず。 前向きで、自信過剰で、思いやりのある素敵な男に。 今ならわかります。 姫、あなたは私のことを好きなのですね。 もう少ししたら聞いて差し上げますよ。 「瑠璃姫、何故泣いているのですか?」って。 あなたは何て答えるんでしょうか? 「鷹男の為って言ったでしょう!」って言うのでしょうか? それとも「あなたのことを好きだから。」なんて嬉しい言葉を聞けるのでしょうか? いずれにしても、自信過剰な私に戻ったら、もうあなたを手放しません。 ただ、今はもう少しだけあなたの腕に滴を落とさせて下さい。
了
りく姫&睦月姫へ 尚、このお話の瑠璃編がゆーか姫の所に嫁いだそうですv |
後書き
加那様になんとなく、SSのプレゼントが欲しいなぁ〜と言ったら、本当に書いて下さるとのことだったので、 感動した私も何かプレゼントを!!と書いてしまいました。
しかも睦月様に無理を言って、イラストを書いていただき、そのイラストを元に書かせていただきました。 睦月様にも感謝☆です!!
ジャパコンテンツ開設お祝いとして受け取って下さい。
お祝いの品なのに、ちょっぴりせつない系のお話で申し訳ありません。
でもハッピーエンドなのでお許し下さい!!
加那様の素敵な文章に比べたらほんと、情けない物なのですが、少しでもサイトを賑わせることが出来たら幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
りく