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『愛(いつく)しあなた』


 初めて会ったときに優しい眼差しの人だなぁ…そう思った。全く知らない世界。知らない人たち。知らない習慣、生活………。何もかもが分からなくてどうしたら良いんだろう、と不安に押しつぶされそうだった私を優しく包み込んでくれた藤姫を始めとした八葉のみんな。でも、その中でも一番印象的な穏やかで優しい眼差しの人…それが第一印象。

 でも、その内分かった。本当に真面目な人だって。何時だって一生懸命周囲のことばかり考えて自分の事を省みる事なんて殆どしない。それで親近感を持った。中学時代の友人に似ていたから。年とか雰囲気とか全然違うけど、似てるの。その子も同じだった。何時も真面目で一生懸命で。周囲の期待に応えようと頑張りすぎて、何時だって力が入りすぎてて見ていて可哀想なくらい張りつめていた。私なんてその子みたいに何でも出来る訳じゃないし、全然何やっても並程度で駄目なんだけど側にいて笑いかけることくらいは出来たから。最初その子に嫌がられても側にいた。だって私その子が笑った顔凄く好きだったから。凄く優しい眼差しで素敵なの。何時だって笑って欲しかったから。高校は別になってしまったけれど。

 だから、鷹通さんの側に居たいな…そう思うのに、側にいれば、その子の時には平気だった彼の眼差しが怖かった。何でか何て分からなかったけれど。優しい眼差しのこの人に、厳しい眼差しを向けられるようになったら嫌だ、と本当に思った。

 でも、気付いた。

 ―――遠いな……

 別に何時だって彼は優しい微笑みを浮かべているし、親切にしてくれる。態度だって優しいのに。

 ―――寂しいな……

 ふと自分に向けられた鷹通さんの笑みに感じた。自分の内の寂しさや辛さや焦り。哀しみとか色々な気持ちを隠す為の微笑みだって気付いてしまったから。本当に心から笑ってくれたらどんなに素敵だろう。

 ―――見たいな……




「神子殿?どうされました?」

「え?」

「何かお悩みでしょうか…不便な事が御座いましたら仰ってください。」

 考え込んでいた時に頼久さんに声を掛けられて我に返った。

「大丈夫です。別に不便なことなんて、ないですからっ!」

 それは真実。色々現代に比べれば不便な事なんて山ほどあるけど、それは全部どうしようもないこと。言っても彼らには分からないようなことばかり。それに実際自分が今思っていたことはそう言う事でもない。

「……申し訳ありません……」

 本当にすまなそうに言うから逆にこっちが申し訳なくなってしまう。

「本当に気にしないでください!もうっ、頼久さんたら過保護すぎです!!」

 笑いながらその腕に腕を絡めるようにして抱きついた。

「そんなことより早く行きましょう!」

 次の場所へ…そう促して腕を引っ張る。

「み、神子殿っ!」

 普段冷静であまり表情を変えない頼久さんの狼狽えている顔をみて、いいもの見ちゃった♪と内心思いながら腕を放して前を行く。

「頼久さんっ、早くっ!!」

 頼久さんにはツイツイ甘えてしまう。イジワルかな?とか自分でも分かるようなことを言ったり、したり。少しオロオロと焦っている頼久さんを見ていると可愛いな〜なんて思ってしまったり。

 でも本当のところは。

 大好き。

 何時だって護ってくれて。大好きな大きな背中。何かあれば何時だってその背中に私を隠して敵に刃を向ける。

 大好き。

 お兄ちゃんみたいな頼久さん。この世界に来るまで何時だって自分を守ってくれていた大好きなお兄ちゃん。その守ってくれる後ろ姿が重なるから。他の誰よりも安心する。頼ってしまう。甘えてしまう。側にいてくれるだけで心が落ち着くのに。

 なのに。

 ―――寂しいの…

 胸を過ぎった想いに遠くに視線を向ければ、頼久は苦しげに一瞬表情を歪めると視線を逸らして俯いた。





「鷹通さんっ!」

 怨霊を鎮める為の戦闘で傷を負った鷹通に走り寄る。もう既に怨霊は札に封印していた。

「だ、大丈夫ですか?!」

「…大、丈夫です。ご心配お掛けしました。何ともありませんからお気になさらないでください。」

 いつものように穏やかに拒否された。

「駄目です!きちんと治療しなくちゃ!!!ちょっと待ってください。今お札で治しちゃいますからっ!」

「いえ、本当に……」

 ―――嫌なんです。

 穏やかな仮面の向こう側で呟いた。

 それはまるであなたに包まれるような感覚になるから。舞い上がったお札がキラキラと煌めき、傷口を瞬く間に癒していく。傷口一つ一つにあなたの優しい指先が触れゆくように感じる。まるで抱きしめられているかのようで。余りにも近くに感じすぎて耐えきれないから。

「鷹通さんっっ!!!」

 名前を強く呼ばれて、神子の方を見れば、うっすらと涙を浮かべながら睨み付けてくる。

「神子殿…」

「血が出ているんですよ!!意地を張ってどうするんですかっ!」

「…………。」

 何も言える筈など無かった。意地なんかじゃない、そう思いつつもその通りだと思った。

 彼女に触れられれば更に深くなる想いに耐えきれないのが解っているから逃げた。彼女は誰にでも等しく優しさを注ぐ。それが苦しいのだと言えるはずもない。自分勝手な苦しみから逃げる為なのだから、どうして治療を嫌がるのかと聞かれても答えられる筈もない。そして涙を堪えるようにして訴えられればこれ以上自分にはどうすることも出来ない。

 彼女の想いが向いているのは、自分ではない別の存在。解っているから、心の中に溢れ来る想いをその度に切り殺し続ける。

 今目の前で、自分のせいで彼女が涙を浮かべるのが堪らなく嫌で、そして堪らなく嬉しくて。

 ―――本当の私を知ったならあなたは最低だと思われるのでしょうね。

「すみません…あの…治療をして頂けますか?」

「は、はいっっっ!」

 ホッと安心したかのような柔らかな笑みを浮かべられて見とれてしまう。

「コレで大丈夫ですねっ!」

「神子殿の前で情けない姿を見せてしまいましたね。次からはこの様な失態はしませんから。」

 そう言って微笑んだ鷹通の穏やかな表情をあかねは苦々しい想いで見つめた。

 ―――遠い…

 最近ではハッキリと鷹通に避けられていると解っていた。本人は気付かれていないつもりのようだが、周囲から見ればバレバレで。恐らく他の八葉達も不思議に思っているかも知れない。いや、友雅辺りなら何か解っているかも知れない。だからと言って彼は下手な介入をするような人では無いけれど。

 血が出ていて、どう見たってこのままでは館に帰ることすら出来ないと解っているのに、「大丈夫です」と拒否されて胸が痛んだ。

 触れられることすら嫌なんだろうか。言葉を掛けることすら不快なんだろうか。心配されることですら赦せないんだろうか。

 キリキリと。

 胸が軋む。

 涙が零れそうになる。

 ―――微笑まないで…

 叫んでしまいたい。

 誰よりもその微笑みを独占したくて、でも、何よりもその微笑みが厭わしい。

 本当のあなたに触れたいのに。

 ―――本当のあなたは何処に隠れているんですか…




 寂しいの。みんな優しくしてくれるのに、支えてくれるのに。

 たった一人の気持ちが分からなくて。

 ううん、そうじゃない。解ってる。解ってるから………悲しいの。

 疎まれてるの。

 もしかしたら神子として失望されているのかも知れない。

 只一人の人間として認められていないのかも知れない。

 単に嫌われているのかも知れない。

 それでも側にいてくれるの。声を掛ければ答えてくれるの。

 それは義務感?

 八葉の務めだから?

 その穏やかで優しい仮面の下では私にどういう貌を向けていてくれてるの?

 私の心の中にいつの間にか住み着いてしまったあなた。

 誰よりも穏やかで優しい笑みを浮かべてくれるあなた。

 そして誰よりも心の中を決して見せてくれないあなた。

 好きだ、と気付いた時にはもう既に遠くて。

 手が届かない。

 あなたの眼差しは何を見ているの?

 どうしたらこの想いはあなたに伝わるの?



 ―――伝えても……いいですか……



@01.10.17/01.10.18/