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『一対の雪兎』


 部屋の中の何処にもいないと思って探してみれば、庭先にあかねの姿を見つけて声を掛けた。

「あかね?」

「あ、鷹通さん!」

「その様なところに出ていると風邪をひきますよ。」

 鷹通は自分の声に振り返って笑顔を見せる新妻に心配げに表情を少しだけ曇らせた。

 彼女がこの世界の常識に縛られない存在であることは解っている。解っているが、やはり通常姫君は屋敷から一歩も外に出ないもので、どちらかと言えば鷹通もそうしていて欲しいと思っている。

 誰にも。

 見せたくないから。

 自分の側に閉じこめて、その輝きの一欠片たりとも他の誰かに与えたくはない。

 だから。

 苦笑を浮かべる。

 呼びかけた鷹通の元へと嬉しそうに駆け寄ってくるあかねにそんなことを言えるはずもない。

 彼女は自由だからこそ輝くのだと解っているから。何にも縛られず、何事にも囚われず、自分の気持ちに素直なあかね。だからこそ愛しいのだ。自分の気持ちを偽ること、抑えることに慣れてしまった鷹通には眩しい程の輝き。

「一体何をしていたんです?ほら、手も冷たくなってしまっている。」

 階から渡り廊下へと上がってくるあかねに手を差し伸べれば、触れた手が氷のように冷たい。

「鷹通さん、ほら!」

 あかねはそんな鷹通の言葉に応える気があるのかないのか、自分の背後に控えていた女房が持っているお盆の上を示した。

 二つ並んだ雪兎。

「可愛らしいですね。あかねが作ったんですね。」

 にこり、と微笑んで見せた。

 そんな鷹通にあかねは一つ頷くと本当に嬉しそうに顔を緩めて雪兎を見つめた。

「そんなに嬉しいのですか?」

 そうっとあかねの体を抱き寄せて、袍の中に包み込む。

「こんなに冷え切って……」

 小さな体をすっぽりと包み込めば、ひんやりとした冷たさが布越しに感じられる。

 女房は既に姿を消している。どうやら気を利かせて側にお盆を置くと静かに立ち去ったようだった。

「だって、嬉しいんです!」

 くるりと腕の中であかねが体を反転させた。向かい合って見つめ合う。

「昨日はたった一匹だった雪兎。今日は二匹なんですよ!」

 間近で見つめれば、少し上気した頬は桜色に染まっている。そのまま黙っていると、嬉しそうにすり寄せるようにあかねは鷹通の胸に顔を埋めた。

 その言葉の裏にある想いを感じ取って、鷹通は腕にキュッと力を込めた。

「ええ、そうですね。一緒だから寂しくないですね。」

「うん。」

 もう寂しくないよ、そう胸に顔を埋めたまま小さく呟くあかねの髪に鷹通は唇を落とした。

「ん?今何かしました?」

 そっと頭に触れた柔らかい感触にあかねが顔を上げた。

「いいえ?」

 悪戯っぽく笑みを浮かべて鷹通はシラッと答えた。

「??」

 不思議そうにしているあかねにクスッと笑うと、鷹通はあかねの顎を優しく持ち上げると頬に口づけた。

「た、鷹通さんっっ?!」

 場所を気にするはずの鷹通の珍しい行動にあかねは酷く驚いて狼狽えていた。名前を呼ぶ声も何処か裏返っている。

 そんなあかねが可愛くて。

「さぁ、中に入りましょう。本当に風邪をひいてしまいます。」

 抱きしめたまま屋敷の奥へと誘う。

「あ、雪兎……」

「彼らは彼らで、二人きりの方がいいでしょう?」

「……………」

「部屋の中に持って行ったら溶けてしまいますよ。」

「………そう、ですね…」

 あかねは鷹通に導かれるまま部屋へと向かう。

 少し恥ずかしげに。嬉しげに。表情を輝かせて。

 冷たい外気に包まれて渡り廊下に一つのお盆が残された。

 上には白い雪兎が二匹。幸せそうにちょこんと並んでいるばかりだった。



@02.01.30/