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『増えゆくもの』


 なんだか最近あちらこちらで子供の姿を目にする。

 その理由が全く分からなくてレヴィアスはちょっとばかり気に入らない。

 アンジェリークがその女王の座を降りて数年。

 一緒に聖地を出たレヴィアスは静かで穏やかなとある惑星で暮らしていた。当然アンジェリークと一緒にだ。

 元々王族の出であり、軍人としての知識に力を携えている。それは魔導力を抜きにしても類い希な才能にちがいなかった。幾らでも就職先などあるように思えるし、事実、聖地よりの手回しでそれも可能だった。

 しかし、レヴィアスは王立軍の責任者でもあったのだ。重要機密にも精通している重要人物と言えた。勿論レヴィアスが聖地関係者であった事などは秘密だ。それはアンジェリークとて同じである。だから、二人の周囲には聖地より派遣された人間がひっそりと監視している事もある。そればかりは仕方がないと諦めているレヴィアスだったが本当ならばどいつもこいつも叩きのめしてやりたかった。アンジェリークに宥められて渋々黙認してやっていると言う感が強い。

 そんなこんなでレヴィアスは聖地よりの干渉を嫌った。

 そんな二人だが、この国に腰を落ち着け、レヴィアスが探偵として働き初めてもう十年近くになる。

 子供は双子で、今丁度7歳だ。

 頭の回転が鋭く、魔導力など特殊な力を持っているレヴィアスは腕利きの探偵として結構有名であり、現在ではそこそこ安定した生活を送っていた。

 本来、アンジェリークとレヴィアスの聖地より得たお金を使えば働く必要もないのだが、それを二人は良しとはしなかったのだ。

 アンジェリークがこの国に来て選んだ家は普通の一戸建ての家だった。

 広くはない。小さい家。でも、家族四人で生活をする分には少し手狭だが、アンジェリーク一人が切り盛りし、管理するには丁度いい、そんな家だった。

 ご近所ともアンジェリークは仲良くやっていた。多少自分達二人の事を詮索され、ああだこうだ言われて困ってはいたが。

 相も変わらずレヴィアスは何処か皮肉気な笑みを浮かべて、言葉少なく素っ気ない態度を取っている。だが、それが容姿と相まって不思議な魅力となり、周囲の人々の興味をかき立ててしょうがないのだ。

 なんだかんだ言ってもレヴィアスはご近所でも有名なアイドル的存在となっており、それはまたアンジェリーク自身も同じだった。愛らしい容姿に、不似合いな程深い輝きを見せる眼差し。優しいのに強いその心。ここでもまたアンジェリークは人々を魅了して病まなかった。

 結局は聖地にいた頃と二人の周囲は余り変わらなかった。

 時折、若く見えるアンジェリークは高校生や大学生辺りにナンパされる有様だったが、大抵はどこからともなく顕れたレヴィアスに蹴散らされる、なんて言う事もあった。



 レヴィアスは唯一の部下であるコールと一緒に仕事を終えて事務所に戻ってきていた。

 そこそこ人気のある探偵事務所の筈だが、レヴィアスの性格が災いしてか一向に事務所は大きくならず、こぢんまりとしたものだった。掃除もアンジェリークがする位で結構汚いし、狭い。レヴィアスにビジネスとして成功しようとか、金儲けをしよう、と言う意志がないのだから仕方がないのかも知れなかった。

「で、何だって最近子供があんなにうじゃうじゃしてるんだ?うざいったらありゃしねぇー」

「…本気ですか?」

「何が」

「いえ…」

 素っ気ない言葉尻にレヴィアスが本気でむかっ腹立てているのが分かってコールは慌てた。

 コールはレヴィアスが初めて雇ったたった一人きりの部下だった。有能でもあったし、レヴィアス自身が気に入る位信頼出来る人物で、何度かレヴィアスの家にも遊びに来たこともあった。

 大学を卒業して、幼い頃から憧れていたという探偵になるべく就職先を探し続け、レヴィアスの事務所に押し掛けてきたと言う一風変わった経歴を持つ。

「たいだい、子供があんな高級デパートやら百貨店やら紳士服売り場やら、あー…他にも色々あったが……んなの変だろーが」

「それはそうですが…」

 何と言っていいものかとコールは迷った。

 今は六月。そして今日は父の日だ。

 当然、少ないお小遣いを握りしめた子供達が普段はいないような店に、場所に、と姿を現す事になる。普通ならお菓子や文具や玩具と言ったものに消費されるお小遣いだが、今だけはちょっと違うのだ。

 子供がいる筈のレヴィアスの言葉とも思えずコールは驚いた。だが、何となくレヴィアスなら気づかなくて当然かなと思ってしまった。

「可愛いじゃないですか」

「ふんっ…」

 そっぽを向いたレヴィアスにコールは笑いを堪えた。

 どうにもこの勤めている探偵事務所の所長とも言えるレヴィアスと言う人間が自分よりも年上であるのにそう思えずに苦労していた。コールは今年で32歳だ。若く見えるものの40前後のレヴィアスの方がよっぽど年上なのだが……。

 無口で毒舌。でも、不器用で自分の気持ちの表現する方法を知らないだけな所もあり。仕事面はさておき、プライベートな面ではなんだか二十代の若造と言う風に思えて仕方がない。見た目が若々しいと言う事もあるのだろう。

「そう言えば、お子さんは元気ですか?確か今年小学校へあがったんですよね」

「ああ、元気すぎて困る位だ。なんだか最近騒いでるようだしな」

 なんだか気に入らないとでも言いたげな表情のレヴィアスにコールはそうなんですかと簡単に頷いただけだった。

「アンジェまで一緒になって、なんだってんだか…」

 ブツブツと何やら文句を言っている。

「……」

「おい」

「え?」

「今笑っただろ」

「いえいえ。そんな事無いですよっ」

「……」

「さぁ〜てと、俺は家に帰りますよ。所長も早くに帰ってあげてくださいよ。では、お疲れさまです!!」

 早く帰ってあげてとはなんなんだ?と聞こうとしたが、既にコールは出口を開けていた。

「じゃ、お先に失礼します」

「お、おい、コール!」

 呼びかけを無視して扉の向こうへと消えていったコールにレヴィアスは溜息を一つ吐いた。

「一体なんだってんだっ」



 最近子供達とアンジェリークが一緒になって何かをしている。だが、自分だけ除け者で実に面白くない。

 つい先日の事だ。

「何してるんだ?」

「お帰りなさいっ!今日学校で子供達が宿題をもらってね」

「そうそう!」

 答えたアンジェリークに娘が頷いた。

「なら俺も手伝おうか?」

「えっ!!」

「い、いいよ。パパは疲れてるでしょ!!」

「自分で出来るからいい」

「……」

 妻に、娘に、息子に。そんな風に言われればムッとしても仕方ないじゃないかと思うレヴィアスだった。

 子供は双子。女の子のユーリと男の子のカミューだ。

 ユーリはアンジェリーク譲りの緑の瞳にレヴィアス譲りの黒い髪。

 カミューはアンジェリーク譲りの金の髪にレヴィアス譲りの金の瞳。

 性格はと言えば、母親同様おっとりと優しいが頑固な一面も持つ娘に、レヴィアスに似たちょっと斜めに物事を見るきらいのある、何処か不器用な息子と言う感じだ。

 この時も、一番素っ気なくレヴィアスに拒絶を示したのがカミューで、レヴィアスは子供相手と思いつつも、カチンときて腹が立ったのだ。

 結局、ふぅ〜んとどうでも言い風を装いながらレヴィアスはその場から離れて、自分の部屋へと入り、それから一切自分からそんな家族に敢えて近づかなかったのだ。

 そんな状態で、仕事柄出歩く行く先々で多くの子供が目に付き、荒れた気持ちを逆なでされているかのようで余計に苛々していたのだ。

「…ふぅ。仕方がねぇーな」

 なんでコールが早く帰れと言ったのかは全然分からないが、取り敢えず帰るか、とレヴィアスは事務所を後にした。



 家の扉を開けて。

「パパが帰ってきたよ!」

 ユーリの声がレヴィアスを出迎えた。

「なんだ?」

「…お帰りなさいっ」

 出てきたカミューが少し恥ずかしそうにそんな事を言う。

「お、おう…ただいま」

 どちらかと言えばカミューはレヴィアス同様愛想のいい方ではない。だから、そんなカミューが珍しくてちょっとレヴィアスは戸惑う。

「こっちに来て」

「?」

 手を引っ張るカミューに任せたままでいると、

「早く、早く♪」

 後ろからユーリに押された。

「なんだ〜?」

 当惑するレヴィアスがカミューに連れられて居間に入った時、目を見開いた。

「……今日は…なんかの記念日か?」

 呟いたレヴィアスの言葉にアンジェリークのみならず、娘のユーリと息子のカミューまでもが嬉しそうに笑った。

 机の上に並んだ色とりどりの料理。どう見ても普段の夕食とは違いすぎるそれ。

 グラスが四つ並び、レヴィアスの指定席の近くにはワインがおかれている。酒は結構好きなのだが、家庭内で呑む気になれないレヴィアスは食事と一緒にワインを飲む事は余りしない。酒に弱いアンジェリークも同じだ。それに、机の上には子供達の所にシャンパンまでおかれている。

 綺麗に飾られた机の上。

 一枚のカードがレヴィアスの席においてある。

 嬉しそうに。

 クスクスクスと零れるような笑みを見せる妻に子供達。

『いつもいつも、お仕事お疲れさまです。有り難う。大好きよ、パパ』

 簡単な手作りのカードにはたどたどしい文字が書かれていて。

『カミュー&ユーリ』

 そう、最後に添えられていた。

「………」

 まだ困惑した表情で見つめてくるレヴィアスにアンジェリークは子供達の肩を抱き寄せて微笑み返した。

「何時も私たちの為に一生懸命働いてくれて、一生懸命守ってくれて有り難う」

「アンジェ…」

「ふふっ…父の日、よ。今日は」

 そう言ってイタズラっぽく瞳を輝かせるアンジェリークと手の中のカードをレヴィアスは黙ったまま、交互に見つめた。

「それ私が一生懸命書いたのよ!凄いでしょ?」

「僕だって書きたかったんだ。でもユーリがどうしてもって言うから…」

 嬉しそうに瞳を輝かせる娘に、ちょっと拗ねた口元で自分だって、と主張する息子がいた。何処か妹の為に我慢したんだと偉そうにしてみせるカミューが笑みを誘った。そして、愛してやまない妻が幸せそうに微笑んでいた。

「パパ。いつもありがとう!だーい好きv」

 ちゅっと頬にキスをくれた娘。

「何時かパパと同じくらい強くなるんだ。そしてパパと一緒に、ママとユーリを守るんだっ」

 キッと睨むようにして。でも頬をうっすらと染めて言う息子。

「ずっとずっと…私たちを守ってくれて有り難う…レヴィアス…」

 少し潤んだ瞳で見つめてくる最愛の妻。

 ―――ああ。

 胸が暖かくなる。

 全て初めてのものだ。

 かつて自分に親から愛情というものを与えられた事はない。

 家族の絆というものに触れた事もない。

 真実の愛と言うものにも、まだまだ慣れていない。

 愛したのはアンジェリーク。この宇宙に愛された一人の女王。

 そして、一度として手に入れた事の無かった愛はその一人の女がくれた。与えてくれた。まるで母親のような無償の愛を。そしてただ一人の女としての愛を。

 レヴィアスが知っている愛はそれだけだった。

 でも。

 今、手に入れたのは。

 何だろうか。

 父の日ってなんだ?俺は知らない……。

 溢れ来る思いに堪えきれない。

 レヴィアスは俯いた。

 子供達はさっきまで父親を驚かせる事が出来た事を純粋に喜んでいたが、俯いてしまって黙ったっきりのレヴィアスに少し不安そうにしながら足下に駆け寄ってきた。

「パパ…どうしたの?」

「パパ…?」

「ユーリ達が黙ってたのを怒ってるの?」

 レヴィアスは首を振ってユーリの頭に手をポンと乗せてやる。

「パパ…誰かに苛められたの?だったら、僕がやっつけてやる!」

「はは…馬鹿…」

 呟いてカミューの頭にも手をポンと乗せて。

 そしてしゃがみ込んで二人を抱きしめた。

 ああ、宝物だ。

 何よりも掛け替えのない。大切な。失えない。

 前に立つアンジェリークと目が合う。

「大切なものって増えていくものよね」

「ああ。そうだな…」

 不覚にも頬を滑り落ちた雫に、レヴィアスは苦笑した。

 そうっとそれを拭ったのは妻であり、やはり退位した今でも女王に相応しい魂を持ったアンジェリークだった。

 ずっと永い事一人だった。孤独だった。

 光は遠く、眩しく手に入らないものだと思っていた。

 泣き叫び、血を流し。

 闇の中をもがき、苦しみながら、求め続けていた。

 過去を忘れる事は出来ないだろう。

 自分が犯した罪も。

 でも、心に負った疵痕が。

 優しく癒されていく。

 頬を濡らすこの温もりこそが、レヴィアスの人生を新しく染め変える。

 輝かしく、暖かく、幸せなものへと。

 一人ではないのだと。

 アンジェリークの翠の瞳が告げていた。

 信じられない程、満たされていく。

 かつて得た事のない幸福に。

 アンジェリークさえいればいいのだと思っていた。

 でも、もうそうじゃない。

 この二人の子供も失えない大切なものに他ならない。

 この小さな手がいつか大きくなり、自分達二人を包み込み、行くべき道を照らしてくれるだろう。

 不思議と泣いてしまった事を恥ずかしいとは思わなかった。

 誇らしく思えた。

 こんな家族を得る事が出来たのだから。

「パパ?」

「大丈夫?」

 心配そうにレヴィアスの腕の中で身じろぎしながら見上げてくる子供達。

 レヴィアスはニヤッといつものような余裕のある笑みを浮かべて見せた。

 ひょいっとユーリとカミューを左右の腕一本で抱き上げる。

「ああ、大丈夫だ。あんまりにも驚いて嬉しかっただけだ」

 レヴィアスが笑っていた。

 常にない優しい眼差しで、見つめてくれていた。

 極上の笑顔で。抱きしめてくれていた。

 それが嬉しくて双子は今まで不安そうにしていた顔をパッと輝かせた。

「本当?」

「嘘じゃないよね!」

「ああ、本当だ」

「やった〜!」

 そう言って大はしゃぎ。

 レヴィアスが下ろしてやれば、二人は早速自分の席に座った。

「ねぇねぇ、早く食べよう!!」

「今日はママとユーリが一生懸命作ったんだよっ」

「僕だって手伝ったっ!」

「ふふ…みんなでパパの為に頑張ったんだものね」

「「うんっっ!」」

 元気良く答えた子供達にアンジェリークは嬉しそうに笑顔を零して。

「レヴィアスも…」

 座ってと、そう促した。

「ああ、美味しそうだな」

 レヴィアスはそう言いつつ席に着いた。



 翌日。

「所長、昨日はどうでした?」

 事務所で顔を見せたコールは開口一番レヴィアスにそう言った。

「昨日…って……お前!」

「え?な、なんです?」

 パッと表情を変えたレヴィアスにコールは慌てた。何か予想外の事態でも起きたんだろうか、と。

 だが。

「お前、昨日が何の日か知っていたんだろ!」

「そ、そりゃー知ってますよ…そんなの所長だって同じでしょう?」

 そんな当然な事を、とばかりに言われて、知らなかったとは言えずレヴィアスはギリッと唇を噛み締めた。

「お前…」

 すれば、ニヤッと笑ったコールにレヴィアスはわざと教えてくれなかったのだと悟った。

「いい…根性してるじゃねぇーか」

 ふっふっふっふ…と地獄の底から響くような嫌な笑みを浮かべたレヴィアスにコールは少〜しばかり後悔した。

 教えておけば良かったかも、と。

 だが、こういう事は内緒にしておかなければ意味がない。きっと教えてしまっていたら、レヴィアスの子供達が残念がっただろう。

「だ、だってお子さん喜んだでしょ?折角内緒にしていたんだろうし。俺が言っちゃったら可哀想じゃないですか〜〜!」

 それは分かるが。

 お陰で泣く程感動してしまったが。

 やはり、やられたらやり返さなければいられない。

「おお。お陰であいつらは大喜びだったぜ〜。だからこそ俺もがんばんないといけないよなぁ。さぁ〜てと、確か依頼が昨日五件入ったんだっけ?んー?今俺は他のでやっかいなのを三件もってるから、頼んだぜ。コール」

「た、頼んだって…これっ…」

 レヴィアスから渡された依頼書を見てコールはちょっと口元を引きつらせた。

「迷子の猫と犬探し、その他諸々だ。まぁ〜簡単なものばかりだし、大丈夫だろ」

「ちょ、ちょっとそんなぁ!!!」

 それは一番地道で、一番体力勝負な物件ばかりにだった。

 犬猫は人間じゃないから余計に行動範囲が読み切れない。どちらかと言えばコールの苦手な物件が二つ。その上、どれもこれも些細で詰まらない物件が三件も追加となる。余りの事に朝っぱらから力が抜けてしまう。

「さてと。俺もあいつらの為に頑張るか。なぁ、コール?」

 ニヤッと笑ったレヴィアスにコールは張り付いたような笑みを浮かべただけだった。

 こんな困った、な奴。

 やっぱり年上とは思えなくて。

 でも、なんか放っておけない。

 しょうがないなぁ。

 父の日の特別オプションと言う事で。

 負けてやるか。

 そんな事を思うコールだった。



@03.06.15>03.06.16/03.06.21/